ブィドゴシュチュ
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| Bydgoszcz | |||
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| From upper left: The Brda river, The Eagle Hotel, "The Archeress" statue, Two examples of traditional architecture, Courts of Justice | |||
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| 座標: 北緯53度7分 東経18度0分 / 北緯53.117度 東経18.000度 | |||
| 国 | |||
| 県 | |||
| 郡 | 県都 | ||
| 創立 | 1238年以前 | ||
| Town rights | 1346 | ||
| 行政 | |||
| - 市長 | Rafał Bruski (PO) | ||
| - 議長 | Roman Jasiakiewicz (PO) | ||
| 面積 | |||
| - 総面積 | 174.57km2 (67.4mi2) | ||
| 標高 | 60m (197ft) | ||
| 人口 (2011) | |||
| - 総人口 | 363,926人 | ||
| - 都市圏 | 470,285人 | ||
| 等時帯 | CET (UTC+1) | ||
| - 夏時間 | CEST (UTC+2) | ||
| 郵便番号 | 85-001 to 85-950 | ||
| 市外局番 | +48 52 | ||
| カープレート | CB | ||
| ウェブサイト | http://www.bydgoszcz.pl | ||
ブィドゴシュチュ(Bydgoszcz)は、ポーランドの都市。かつてはブィドゴシュチュ県、現在はクヤヴィ=ポモージェ県の県都。ビドゴシチ、ビドゴシュチュ、ビドゴシュチなどとも表記される。ドイツ語ではブロンベルク(Bromberg)。人口は36万8千人。
地勢・産業[編集]
ヴィスワ川支流のブルダ川沿いに位置している[1]。また、ブィドゴシュチュ運河の東端に位置しており、内陸都市だが水運の拠点として重要な役割を果たす。機械工業なども盛ん。近隣の都市としては、約150キロ北のグダニスク、100キロ南西のポズナン、40キロ東のトルンなどが挙げられる。
歴史[編集]
1238年、史料上最初の街についての記載がみられた。1346年、ピャスト朝のカジミエシュ大王によって都市特権が認められた。14世紀末に成立したヤギェウォ朝のもとで、ポーランドはバルト海へ進出していった。その結果、バルト海沿岸との交流が深まり、街の商業発展に寄与した。
1772年、第1次ポーランド分割によってプロイセン領となった。まもなく、ヴィドゴシュチュ運河が開通して西部と水運で結ばれた。19世紀初頭、ナポレオン・ボナパルトがプロイセンにイエナ・アウエルシュタットの戦いで勝利し、ティルジット条約が締結された。この条約によってワルシャワ公国が成立し、ブィドゴシュチュも公国の統治下におかれた。第一次世界大戦でドイツが敗北し、ブィドゴシュチュはポーランドの支配へと戻った。
姉妹都市[編集]
ヴィルヘルムスハーフェン、ドイツ
クラグイェヴァツ、セルビア
寧波、中華人民共和国
パース、スコットランド、イギリス
ハートフォード、アメリカ合衆国
パトラ、ギリシャ
マンハイム、ドイツ
チェルカースィ、ウクライナ
クレメンチューク、ウクライナ
スウォンジー、ウェールズ、イギリス
レッジョ・エミリア、イタリア
パヴロダル、カザフスタン
スポーツ[編集]
- アストリア・ブィドゴシュチュ (Astoria Bydgoszcz)- バスケットボール [1]
出身者[編集]
詳細は「Category:ブィドゴシュチュ出身の人物」を参照
脚注[編集]
- ^ “ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説”. コトバンク. 2018年5月20日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- ブィドゴシュチュの公式サイト(ポーランド語)
- ブィドゴシュチュ運河の公式サイト(ポーランド語)
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