フレデリック・ライネス
表示
この記事は英語版の対応するページを翻訳することにより充実させることができます。(2021年5月) 翻訳前に重要な指示を読むには右にある[表示]をクリックしてください。
|
Frederick Reines フレデリック・ライネス | |
|---|---|
|
| |
| 生誕 |
1918年3月16日 |
| 死没 |
1998年8月26日(80歳没) |
| 国籍 |
|
| 研究機関 |
ケース・ウェスタン・リザーブ大学 カリフォルニア大学アーバイン校 |
| 出身校 |
ニューヨーク大学 スティーブンス工科大学 |
| 博士論文 | Nuclear fission and the liquid drop model of the nucleus (1944) |
| 主な業績 | ニュートリノ |
| 主な受賞歴 | ノーベル物理学賞(1995) |
| 署名 | |
|
| |
| プロジェクト:人物伝 | |
|
フレデリック・ライネス(Frederick Reines[ˈraɪnəs] RY-nəs[1]、1918年3月16日 – 1998年8月26日)は、アメリカ合衆国の物理学者。
人物
[編集]ニュージャージー州にロシアからのユダヤ系移民の息子に生まれ、スティーブンス工科大学で学び、ニューヨーク大学で学位を得た。ロスアラモス国立研究所、ケース・ウェスタン・リザーブ大学などで働き、新設されたカリフォルニア大学アーバイン校の物理校の校長になった。
1953年から原子炉で発生したニュートリノをクライド・カワンとともに検出する実験を行った。ニュートリノは電荷を持たないので、検出は困難であり、ライナスらは陽子・中性子に衝突させて荷電粒子による蛍光を捕らえる方法をとった。ニュートリノの発生源は最初核爆発実験の直下に置いて実験することも検討したが実現しなかった。1953年に原子炉の炉心から2mほどの位置に検出装置を置き、原子炉の運転によって信号の増えることを確認した。1954年から大型の装置をつくり、ニュートリノの発生頻度を計測し、理論で予測されていたニュートリノの存在を証明した。
受賞歴
[編集]- 1981年 - ロバート・オッペンハイマー記念賞
- 1983年 - アメリカ国家科学賞
- 1989年 - ブルーノ・ロッシ賞(アーバイン=ミシガン=ブルックヘブン実験の一員として)
- 1992年 - パノフスキー賞、フランクリン・メダル
- 1995年 - ノーベル物理学賞
脚注
[編集]- ↑ Wilford, John Noble (1998年8月28日). “Frederick Reines Dies at 80; Nobelist Discovered Neutrino”. The New York Times 2015年2月18日閲覧。
外部リンク
[編集]- Frederick Reines at Nobel-Winners.com
- Nobel autobiography
- The detection of the neutrino