フレデリック・タウンゼント・ウォード

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フレドリック・タウンゼント・ウォード、1861年

フレデリック・タウンゼント・ウォードFrederick Townsend Ward ,1831年11月29日 - 1862年9月21日)はアメリカ人の船乗り・軍人。中国名は華爾19世紀半ばに勃発した太平天国の乱に際して常勝軍を組織したが、その戦いの中で戦死した。

生涯[編集]

1831年アメリカ合衆国マサチューセッツ州で生まれた。太平天国の乱による中国国内の混乱が続く中、1860年、上海商人の要請を受けて外国人船員による洋槍隊を組織した。これが常勝軍の起源となる。この際の軍隊は解散したが、その後中国人を中心として軍を再編成し、戦いを継続させた。しかし、1862年慈渓の戦いで戦死した。彼の死後、常勝軍はアメリカ人のヘンリー・バージェヴィンによって率いられることになった。