フルール・ペルラン

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フランスの旗 フランスの政治家
フルール・ペルラン
Fleur Pellerin
FIBD 2015 Fleur Pellerin.jpg
フルール・ペルラン(2015)
生年月日 1973年8月29日(42歳)
出生地 ソウル (韓国)
出身校 エセック経済商科大学院大学
国立行政学院
所属政党 社会党

フランスの旗 文化・通信大臣
当選回数 1回
在任期間 2014年8月26日 -
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フルール・ペルランFleur Pellerin1973年8月29日 - [1])は、フランスの政治家。誕生名はキム・ジョンスク(金鍾淑)。

ソウル出身[1]。生後3~4日後に道端に捨てられ、孤児院に預けられたのち、生後6か月でフランス人家族と養子縁組をする[2]。養父は核物理学者[2]パリ近郊のヴェルサイユで育った[3]。飛び級で16歳で科学分野の大学入学資格試験(バカロレア)に合格。グランゼコールであるエセック経済商科大学院大学修士課程を21歳で卒業。国立行政学院パリ政治学院を卒業後[2]会計院フランス語版に入った[4]。フランス監査院の経済・デジタル担当監査官、イラク・ニューヨーク・ジュネーブ駐在国連組織監査委員会外部監査官、フランス21世紀クラブ会長など歴任[2]

社会党に属し、2002年大統領選挙戦および2007年大統領選挙戦では同党の候補者のために活動した。2012年フランス大統領選挙において、第1次ジャン=マルク・エロー内閣で初入閣、中小企業・イノベーション・デジタル経済担当大臣となった[5]。2012年6月から第2次ジャン=マルク・エロー内閣でも引き続き中小企業・イノベーション・デジタル経済担当大臣を担当。

2014年4月より第1次マニュエル・ヴァルス内閣の対外交易・観光開発・在外同胞担当長官[2]、同年8月26日より第2次マニュエル・ヴァルス内閣文化・通信大臣[1]

特徴[編集]

ヨーロッパ・エコロジー=緑の党所属のジャン=ヴァンサン・プラセとともに、国政で知られる、血統的には韓国にルーツを持つもののフランス人家庭で育った政治家の一人である。実の両親を探すつもりはないが、出自について自分の娘には伝えてある[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c フルール・ペルラン文化・通信大臣”. 在日フランス大使館. 2015年6月1日閲覧。
  2. ^ a b c d e f <インタビュー>私が成功したとすれば、それは養父母とフランス公教育のおかげ(3)中央日報日本語版 10月16日
  3. ^ C.ドーマス「Hussarde de la diversité - Portrait」,『リベラション』紙,2010年4月10日 [1]
  4. ^ 会計院任命に関する2000年6月6日法令
  5. ^ G. シャンポ 「Fleur Pellerin, conseillère de François Hollande au numérique」, 『Numérama』, 2011年11月16日 [2]