フルール・ペルラン

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フランスの旗 フランスの政治家
フルール・ペルラン
Fleur Pellerin
FIBD 2015 Fleur Pellerin.jpg
フルール・ペルラン(2015)
生年月日 (1973-08-29) 1973年8月29日(44歳)
出生地 ソウル (韓国)
出身校 エセック経済商科大学院大学
パリ政治学院
国立行政学院
所属政党 社会党

フランスの旗 文化・通信大臣
当選回数 1回
在任期間 2014年8月26日 - 2016年2月11日
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フルール・ペルランFleur Pellerin1973年8月29日 - [1])は、フランスの政治家。誕生名はキム・ジョンスク(金鍾淑)。

ソウル出身[1]。生後3〜4日後に道端に捨てられ、孤児院に預けられたのち、生後6か月でフランス人家族と養子縁組をする[2]。養父は核物理学者[2]パリ近郊のモントルイユヴェルサイユで育った[3]。ヴェルサイユ近郊ビュクにあるリセ・フランコ=アルマン・ド・ビュク(Lycée franco-allemand de Buc (Académie de Versailles))に通い、アビトゥアと、飛び級で16歳で科学分野の大学入学資格試験(バカロレア)に合格[4][5]

グランゼコール準備級を経て、グランゼコールであるエセック経済商科大学院大学修士課程を21歳で卒業。パリ政治学院を経て国立行政学院を卒業後[2][6]会計検査院フランス語版に入った[7]。フランス監査院の経済・デジタル担当監査官、イラク・ニューヨーク・ジュネーブ駐在国連組織監査委員会外部監査官、フランス21世紀クラブ会長など歴任[2]

社会党に属し、2002年大統領選挙戦および2007年大統領選挙戦では同党の候補者のために活動した。2012年フランス大統領選挙において、第1次ジャン=マルク・エロー内閣で初入閣、中小企業・イノベーション・デジタル経済担当大臣となった[8]。2012年6月から第2次ジャン=マルク・エロー内閣でも引き続き中小企業・イノベーション・デジタル経済担当大臣を担当。

2014年4月より第1次マニュエル・ヴァルス内閣の対外交易・観光開発・在外同胞担当長官[2]、同年8月26日より第2次マニュエル・ヴァルス内閣文化・通信大臣[1]。2016年2月11日付けで辞職。

特徴[編集]

ヨーロッパ・エコロジー=緑の党所属のジャン=ヴァンサン・プラセとともに、国政で知られる、血統的には韓国にルーツを持つもののフランス人家庭で育った政治家の一人である。実の両親を探すつもりはないが、出自について自分の娘には伝えてある[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c フルール・ペルラン文化・通信大臣”. 在日フランス大使館. 2015年6月1日閲覧。
  2. ^ a b c d e f “<インタビュー>私が成功したとすれば、それは養父母とフランス公教育のおかげ(3)”. 中央日報日本語版 (中央日報社). (2015年10月16日). http://japanese.joins.com/article/100/207100.html 2017年6月13日閲覧。 
  3. ^ C.ドーマス「Hussarde de la diversité - Portrait」,『リベラション』紙,2010年4月10日 [1]
  4. ^ Gaëtane Morin, Présidentielle « 2012 : Fleur Pellerin, l'atout charme de Hollande », France-Soir.fr, 15 décembre 2011.
  5. ^ « Intervenant : Fleur Pellerin », Les Entretiens de l'excellence.org.
  6. ^ « Liste des candidats admis au concours externe d'entrée à l'École nationale d'administration organisé en 1997 », Journal officiel de la République française (JORF) n°16 du 20 janvier 1998, p.915, Système NOR (NOR) FPPA9800006K.
  7. ^ 会計院任命に関する2000年6月6日法令
  8. ^ G. シャンポ 「Fleur Pellerin, conseillère de François Hollande au numérique」, 『Numérama』, 2011年11月16日 [2]