フランティシェク・マクシアーン

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フランティシェク・マクシアーン
Maxian Kurz Jilek.jpg
フランティシェク・マクシアーン(左), Vilém Kurz (中央) and Zdeněk Jílek (右)
基本情報
生誕 (1907-11-09) 1907年11月9日
出身地 Flag of Austria-Hungary (1869-1918).svg オーストリア=ハンガリー帝国ボヘミアの旗 ボヘミア テプリツェ
死没 (1971-01-18) 1971年1月18日(63歳没)
学歴 プラハ音楽院
ジャンル クラシック音楽
職業 ピアニスト
担当楽器 ピアノ

フランティシェク・マクシアーンFrantišek Maxián[1], 1907年11月9日 - 1971年1月18日)は、チェコピアニスト

経歴[編集]

ボヘミアテプリツェ生まれ。10歳の頃からピアノを始め、12歳でリサイタルを開いた。その後プラハ音楽院1927年までロマン・ヴァザリーに師事した後、1928年から1931年までマスター・クラスでヴィレム・クルツの指導を受けた。マスター・クラスの在学中から1940年までプラハ放送局のピアニストとして活動し、1938年には、セルゲイ・プロコフィエフと共演している。1939年からは母校の教授を務めた。弟子にはヤン・パネンカや、ヨゼフ・ハーラ等がいる。

脚注[編集]

  1. ^ [1]