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フランチェスコ・ビアンキ・フェッラーリ

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フランチェスコ・ビアンキ・フェッラーリ
Francesco Bianchi Ferrari
『聖ヒエロニムスと聖フランチェスコをともなうキリストの磔刑』。エステンセ美術館英語版所蔵
本名 Francesco Bianchi Ferrari
誕生日 1447年
出生地 フェラーラ
死没年 1510年2月8日
芸術分野 油彩画フレスコ画
教育 コズメ・トゥーラ
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『磔刑』1500年-1510年頃
『受胎告知』1506年-1512年頃

フランチェスコ・ビアンキ・フェッラーリ: Francesco del Bianchi Ferrari, 1447年-1510年2月8日)は、ルネサンス期のイタリアの画家である。フランチェスコ・ビアンキFrancesco Bianchi)やイル・フレアIl Frare)としても知られる。

生涯

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フェラーラで生まれたが、モデナで生まれたとも言及されている[1]コズメ・トゥーラの弟子であり、その作品は彼の時代では非常に高く評価されていた。ビアンキは後にパルマ派の画家として大成するコレッジョの師であったと言われているが、ビアンキはコレッジョがわずか16歳のときに死去している[2]

彼はモデナで多くの祭壇画を描いたが、現残しているものはほとんどない[3]。しかしルーヴル美術館には『即位した聖母子と2人の聖人』(Virgin and Child enthroned with two Saints)が所蔵されている。またエステンセ美術館英語版所蔵の『聖ヒエロニムスと聖フランチェスコをともなうキリストの磔刑』はビアンキの手によるものである[4]

脚注

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  1. ^ G. Tiraboschi, p.118.
  2. ^ G. Tiraboschi, p.118-119.
  3. ^ G. Tiraboschi, p.119-120.
  4. ^ Pala delle tre croci (Crocifissione con i santi Girolamo e Francesco)”. エステンセ美術館公式サイト. 2020年10月2日閲覧。

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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