フランソワ・レオタール

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フランソワ・レオタール

フランソワ・レオタール(François Léotard、1942年5月26日 - )は、フランス政治家。文化大臣(在任期間:1986年から1988年)、国防大臣(在任期間:1993年から1995年)、共和党総裁などを歴任する。

概要[編集]

1942年にカンヌコルシカ系の家庭に生まれる。歌手で俳優のフィリップ・レオタールとは兄弟である。フランスの急進的自由主義政党で、フランス民主連合(UDF)を構成する共和党 Republican Partyに所属し、1988年から1990年には共和党の総裁も務めた。1977年よりフレジュス市長(1997年に辞職)。1980年代に政界入りした。80年代のフランス政界における保守政治家の新世代に当たり、フランス中道右派の中心ともいえる、ヴァレリー・ジスカール・デスタンジャック・シラクと比較して、リノヴェーションマンrenovationmen、刷新者)と呼ばれた。

1986年文化相として入閣する。なお、この時のシラク内閣は、第一次コアビタシオンに当たり、シラク首相自身はレオタールを国防相に任命しようとしたが、外交国防を大統領の専管事項と主張したミッテラン大統領の反対にあって果たせなかった。文化相時代に公共放送局であったTF1の民営化を担当した。1993年エドゥアール・バラデュール内閣の国防相に就任。1995年のフランス大統領選挙ではバラデュール陣営に加わった。この大統領選挙では保守陣営がシラク派とバラデュール派に分裂したが、選挙でシラクが勝利したため、選挙後成立したアラン・ジュペ内閣では国防相から外された。1996年フランス民主連合総裁選挙に立候補し、UDFの分裂を阻止する。2001年国連のマケドニア平和維持活動に参加した後、政界を引退した。

先代:
ジャック・ラング
フランス文化大臣
1986年 - 1988年
次代:
ジャック・ラング
先代:
ピエール・ベレゴヴォワ
フランス国防大臣
1993年 - 1995年
次代:
シャルル・ミロン
先代:
ヴァレリー・ジスカール・デスタン
フランス民主連合党首
1996年 - 1998年
次代:
フランソワ・バイル