フランソアウド・セナ・デ・ソウザ

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はセナ第二姓(父方の)はジ・ソウザです。
フランサ Football pictogram.svg
名前
本名 フランソアウド・セナ・ジ・ソウザ
Françoaldo Sena de Souza
愛称 魔術師、魔法使い
ラテン文字 FRANCA
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1976-03-02) 1976年3月2日(42歳)
出身地 コドー市
身長 183cm
体重 70kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1993 ブラジルの旗 ナシオナル 56 (12)
1994-1995 ブラジルの旗 キンゼ・デ・ジャウー 71 (21)
1996-2002 ブラジルの旗 サンパウロ 106 (50)
2002-2005 ドイツの旗 レバークーゼン 71 (21)
2005-2010 日本の旗 柏レイソル 102 (29)
2011 日本の旗 横浜FC 9 (1)
代表歴
2000-2002 ブラジルの旗 ブラジル 8 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

フランサ(França)ことフランソアウド・セナ・ジ・ソウザ(Françoaldo Sena de Souza、1976年3月2日 - )は、ブラジル連邦共和国マラニョン州コドー市出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード。元ブラジル代表

現在は日本に在住し、IT関連企業・Footbank株式会社に務めている[1]

来歴[編集]

ブラジル時代[編集]

1993年、17歳でナシオナル・マウナスとプロ契約を結び、キャリアをスタート。

ECキンゼ・デ・ジャウーを経て、1996年サンパウロFCへ移籍。サンパウロ州選手権で得点王を2度獲得するなど、点取り屋として活躍し、ブラジル全国選手権ヴァスコ・ダ・ガマと対戦した際は、ロマーリオから「ブラジルで俺が敬意を払う選手は、お前だけだぜ」と声を掛けられたという[2]。サンパウロではクラブ歴代4位の182得点を記録[3]ブラジル代表にも選出され、2002 FIFAワールドカップ・南米予選を戦った。

バイエル・レバークーゼン[編集]

2002年バイエル・レバークーゼンへ移籍。前線にフランサ、ロブソン・ポンテディミタール・ベルバトフを並べた攻撃陣は「デンジャラス・トライアングル」と称され[4]2003-04シーズンはリーグ戦13得点14アシストを記録した。UEFAチャンピオンズリーグ 2004-05グループリーグ第1節レアル・マドリード戦では、自身も得点を決めて3-0の勝利に貢献した[5]

柏レイソル[編集]

2005年クラウス・アウゲンターラー監督の構想外となり、J1柏レイソルへ移籍[6]。しかし、ほとんど出場機会を得られないままシーズンを終え、チームはJ1・J2入れ替え戦ヴァンフォーレ甲府に完敗を喫しJ2へ降格した。ブラジル、ドイツでの実績に見合った活躍が出来なかったフランサに対するサポーターの失望は大きく、入れ替え戦第2戦に途中出場した際は、ホームの日立柏サッカー場にも関わらずボールを持つ度に柏サポーターからブーイングを浴びせられた。

2006年、国内外から多数の移籍オファーを受けたが「自分のキャリアで0ゴールはありえない。このままでは帰れない」と柏に残留することを決意[7]。開幕当初は怪我で戦列を離れたが、復帰後は徐々にチームにフィットして本領を発揮し、1年でのJ1復帰に貢献した。

2007年、J1の舞台でも引き続きチームの中心として攻撃を牽引し、第28節ガンバ大阪戦で決めたミドルシュート[8] などのスーパープレーを随所に披露。昇格1年目ながらリーグ戦8位と健闘し、自身もJリーグ優秀選手賞を受賞した。

2008年、左第5中足骨骨折によりシーズン前半戦を棒に振り、リーグ戦は19試合の出場に留まったが、限られた出場時間の中でも好プレーを数多く見せた。特に第20節の浦和レッズ戦(埼玉スタジアム2002)で試合終了間際に決めた同点ゴール[9] は、テレビ解説の金田喜稔が「嘘みたい!」と絶叫したほどのスーパーゴールで、同年の「Jリーグアフターゲームショー」年間ベストゴールに選出されたほか[10]2013年にJリーグ20周年を記念して行われた企画「Jクロニクルベスト」においても、過去20年間の全ゴールの中からサポーター投票でベストゴール第10位に選出された[11]第88回天皇杯では、準々決勝サンフレッチェ広島戦、準決勝FC東京戦と立て続けにゴールを決め、クラブ33年ぶりの決勝進出に貢献したが、決勝ではガンバ大阪に敗れ、優勝を逃した。

2009年高橋真一郎新監督の下でチームの攻撃はますますフランサに依存した形となったが[12]、4月、5月と負傷による離脱が続き、チームは下位に低迷。シーズン途中で高橋監督が解任され、サンパウロ時代の指揮官・ネルシーニョとの再会を果たした。訪日以来自身最高となるリーグ戦10得点を記録したが、チームは第33節大宮アルディージャ戦に引き分け、J2降格が決定。最終節終了直後、「このチームが求めてくれるなら、黄色のユニフォームを着てここでやりたい。(1年でJ1へ昇格した)2006年の再現がしたい」と残留を希望するコメントを出し[13]、契約を更新した。

2010年、第1節大分トリニータ戦で2得点を挙げ、好調なスタートを切ったが、続く第2節で負傷離脱。工藤壮人田中順也といった若手の台頭もあって出番を失い、7月21日、退団が発表された[14]。各新聞などではフランサ側からクラブに退団を希望したと報道されていたが、本人はクラブ側から契約を解除する意向を聞かされたと語っている[15]。出場機会が減るのはサッカーの世界ではよくあることで不満には思っておらず、J1復帰のために全力を尽くそうと決意していたという[15]。なお、5年間6シーズンに渡る在籍期間は、外国籍選手としてはクラブ史上最長である[16]

横浜FC[編集]

柏退団後も日本の大学で練習を続けていたところ、横浜FCのスカウトの目に留まり、2011年8月、加入が発表された[17]。同年、リーグ戦9試合に出場し、第28節東京ヴェルディ戦で得点を記録したが、シーズン終了後に退団。現役を引退した[3]

現役引退後[編集]

現役引退後も日本に留まり、IT関連企業・Footbank株式会社に務めている。同社のフットサルチームに所属しており、都内のフットサル大会に時折出没している[18]。現在も東京都内での一人暮らしを満喫しており、しばらくブラジルに戻るつもりはないという[3]

プレースタイル[編集]

豊富なアイディアと卓越したボールコントロール技術を駆使し、「魔術師」「魔法使い」の異名を持ったフォワード[17][19]

柏時代は負傷離脱も多く、2度のJ2降格を味わうなど、際立った結果を残した訳ではなかったが、2008年J1第20節浦和レッズ戦のアディショナルタイムに決めたゴールをはじめ、数々のプレーでJリーグ史に名を残した[16]

サンパウロFC時代はサンパウロ州選手権得点王のタイトルを2度獲得し、クラブ歴代4位の182得点を記録した点取り屋であったが、訪日後はストライカーというよりも、パサーとしてチャンスメイクに徹する役割が多かった[20]

攻撃では存在感を発揮した一方、運動量は少なく、守備もほとんど行わなかった[12][17]

エピソード[編集]

  • 来日後はいつも頭に黒いバンダナを巻いてプレーしていた。
  • ゴールを決めた後に独特のリズムをとるダンス(ロボットダンスに近い)を披露することがあり、柏サポーターの間では「フランサダンス」として親しまれていた。2007年のファン感謝デーでは、ドゥンビアらと共に白い仮面を被り、岩崎良美の「タッチ」に合わせてムーンウォークを交えた即興ダンスを踊ってみせた[21]
  • 愛用していたミズノのスパイクは、つま先部分に穴が開いていた。本人曰く「裂けて穴が開くくらいに使い込んで足に馴染んだスパイクこそが最高で、走るのに問題はないが、雨の日はやはり困る」と語っていた[22]
  • プレーだけでなく、人柄もウィットとユーモアに満ちており、来日後は真冬であっても「温暖化の影響かな。僕は少しも寒くないんだ」などと冗談を飛ばしながらノースリーブの練習着で取材対応をしていたという[16]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
1993 ナシオナル 州1部
1994 キンゼ・デ・ジャウー 州2部
1995
1996 サンパウロ セリエA 8 1
1997 15 3
1998 22 8
1999 22 18
2000 16 8
2001 23 12
2002 0 0
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2002-03 レバークーゼン 11 ブンデス1部 16 1 1 0 4 2 20 3
2003-04 33 14 2 0 2 0 37 14
2004-05 22 6 1 0 1 2 24 8
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005 11 J1 3 0 - 1 0 4 0
2006 10 J2 28 4 - 0 0 28 4
2007 J1 25 8 1 0 0 0 26 8
2008 19 4 2 1 4 2 25 7
2009 23 10 1 0 1 0 25 10
2010 J2 4 3 - - 4 3
2011 横浜FC 19/8 J2 9 1 - 1 0 10 1
通算 ブラジル セリエA 106 50 106 50
ドイツ ブンデス1部 71 21 4 0 7 4 82 25
日本 J1 70 22 4 1 6 2 80 25
日本 J2 41 8 - 1 0 42 8
総通算 288 101 8 1 14 6 310 108

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
UEFA CL
2002-03 レバークーゼン 11 8 2
2004-05 5 3
通算 UEFA 13 5

その他の国際公式戦

タイトル[編集]

クラブ[編集]

サンパウロFC

個人[編集]

代表歴[編集]

出場大会[編集]

ブラジル代表

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 8試合1得点(2000年 - 2002年)
代表国 クラブ シーズン 出場 得点
ブラジルの旗 ブラジル サンパウロ 2000 6 1
2001 0 0
2002 2 0
通算 8 1

得点[編集]

# 日時 場所 相手 結果 大会
1. 2000年5月27日 イギリスの旗 ロンドン イングランドの旗 イングランド △1-1 国際親善試合

脚注[編集]

  1. ^ 代表取締役 フランサ : フランソアウド・ゼナ・ジ・ソウザ - 株式会社Footbank公式サイト
  2. ^ 文藝春秋Sports Graphic Number』737号 2009年9月17日
  3. ^ a b c 'Malhadão', France enjoys ballads with billionaires in Japan and says success with women - Sport UOL 2013年2月18日
  4. ^ 【J1:第19節 札幌 vs 名古屋】プレビュー - J's GOAL 2012年7月27日
  5. ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2004/05 - 歴史 - レバークーゼン-レアル・マドリー – UEFA.com 2004年9月16日
  6. ^ フランサ、日本行きを決断 – UEFA.com 2005年8月4日
  7. ^ 【J2日記】柏 : 2010年のマジックショー - J's GOAL 2010年3月3日
  8. ^ (フランサ)Jクロニクルベスト : 2007ベストゴール - Youtube 2013年1月14日
  9. ^ (フランサ)Jクロニクルベスト:2008ベストゴール - Youtube 2013年1月14日
  10. ^ J.LEAGUE AWARDS - 日立台広報日記 2008年12月23日
  11. ^ J20周年のベストゴール・ベストマッチ・ベスト11が決定!! - ゲキサカ 2013年5月17日
  12. ^ a b フランサは「もろ刃の剣」、綱渡りの戦い続く柏 - ゲキサカ 2009年3月21日
  13. ^ 去就注目のフランサ「ここに残りたい」 - ゲキサカ 2009年12月5日
  14. ^ フランサ選手 退団のお知らせ - 柏レイソル公式サイト. 2010年7月21日
  15. ^ a b 日本スポーツ企画出版社週刊サッカーダイジェスト』No.1076 2010年9月28日号
  16. ^ a b c 【J2日記】柏 : フランサ、ワールドクラスの証 - J's GOAL 2010年7月22日
  17. ^ a b c 【J2日記】横浜FC:横浜に降り立ったフランサ。地獄を見た魔法使いが新たな1ページを作る - J's GOAL 2011年8月11日
  18. ^ [1] - Footbank通訳 Twitter 2013年3月23日
  19. ^ “魔法使い”がJ復帰! 横浜FCが前柏のフランサを獲得 - ゲキサカ 2011年8月11日
  20. ^ 「魔法使い」フランサ、変幻自在のパスで観客やチームメートを魅了 - asahi.com 2007年5月29日
  21. ^ フォトギャラリー 2007年8月 - 柏レイソル公式サイト
  22. ^ TBSスーパーサッカー』2009年2月22日放送

関連項目[編集]

外部リンク[編集]