フランシス・スコット・フィッツジェラルド

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フランシス・スコット・フィッツジェラルド
誕生 Frances Scott Fitzgerald
(1921-10-26) 1921年10月26日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミネソタ州セントポール
死没 (1986-06-18) 1986年6月18日(64歳没)
アラバマ州モンゴメリー
墓地 メリーランド州ロックビル、聖母マリア・カトリック共同墓地 (St. Mary's Catholic Cemetery
職業 作家ジャーナリスト
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
最終学歴 ヴァッサー大学[1]
親族 父:F・スコット・フィッツジェラルド
母:ゼルダ・フィッツジェラルド
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フランシス・スコット・"スコティー"・フィッツジェラルド: Frances Scott "Scottie" Fitzgerald, 1921年10月26日 - 1986年6月18日)は、作家F・スコット・フィッツジェラルドゼルダ・フィッツジェラルド夫妻の間に生まれた一人娘である。彼女は作家ジャーナリスト(『ワシントン・ポスト』紙、『ザ・ニューヨーカー』誌など)として働いたほか、民主党員としても働いた。1992年には、母と共にアラバマ女性の殿堂英語版入りしている[2]

幼少期から大学卒業まで[編集]

1921年の父スコットと母ゼルダ。写真はスコティーが生まれる1ヶ月ほど前に撮影された

フィッツジェラルドはミネソタ州セントポールで生まれた[注 1]。母ゼルダは彼女が生まれた時に、スコティーが「美しくて少しお馬鹿さん」(: "beautiful little fool")に育ってほしいと述べたと言われている[4]。父スコットの小説『グレート・ギャツビー』には、登場人物のひとりデイジー・ブキャナン英語版が、自分の娘に向かって同じことを述べるシーンが存在する[4][5]。彼女はスコティーとの愛称で呼ばれ、幼少期には旅がちな両親に従って世界中を転々とした[6]。彼女はフランスパリアンティーブ[6]に住んだほか、ボルティモア近郊の街・タウソンに程近いチェサピーク湾で父が借りたビーチハウス「ラ・ペ」(英: La Paix)で5年間を過ごしている[4][6][7][8][9]1931年、父スコットが精神的に参ってしまったため、彼女はスコットのエージェントだったハロルド・オーバーに引き取られ、大学卒業まで10年余り支援を受けている[10]

1936年、フィッツジェラルドはコネチカット州の寄宿学校エセル・ウォーカー・スクール英語版に通い始めたが[11]イェールまでヒッチハイクしようと学校を抜け出したために退学させられた[12]。その後ヴァッサー大学に通い、1942年に卒業している[13]。大学を中退し学位を取り損ねた父スコットは、彼女に同じ過ちを犯させまいと、厳しい授業を取って熱心に勉強するよう諭す手紙を何通も書き送っている[11]"Things to Worry About"(意味:気に掛けておくべきこと)として知られるスコットの文章は、スコティーに宛てて書いた手紙の一節である[14]。父は彼女が在学中の1940年に死去し、フィッツジェラルドは大学を辞めて文筆業に就くとしたが、一族で初めての学士号を取らせたがっていた父を知る周囲の勧めで考え直した[1]。遺言書の認定に時間がかかり、彼女は無収入となってしまったが、父のエージェントを務めていたハロルド・オーバー、担当編集者だったマックス・パーキンズ、遺言執行人で父の学友だったジョン・ビッグズ、ジェラルド・マーフィーが基金を作り、大学卒業までの資金を確保した[15]。中でもオーバーはスコットの死後、母ゼルダとスコティーの世話を最後まで引き受け[16][17]、彼女の結婚式代金をパーキンズと折半して負担した。

私生活とキャリア[編集]

スコティーと彼女の最初の夫であるサミュエル・ジャクソン・"ジャック"・ラナハン(: Samuel Jackson "Jack" Lanahan)は、1950年代から1960年代にかけて、ワシントンの司会者として人気を博した。ラナハンはワシントンの有力弁護士であり、ふたりの間には4人の子どもが生まれた[13]。この間スコティーは、アメリカ多発性硬化症協会 (National Multiple Sclerosis Societyワシントン支部が行う毎年の上演のために、ワシントンの社会情勢を切り取るミュージカル・コメディをいくつか書いている。彼女の作品 "Onward and Upward with the Arts" は、監督デイヴィッド・メリック英語版によって、ブロードウェイ公演も検討された。

ラナハンとの間には、トーマス・アディソン・"ティム"(英: Thomas Addison "Tim" Lanahan)、エレナー・アン(英: Eleanor Ann "Bobbie" Lanahan)、サミュエル・ジャクソン・ジュニア(英: Samuel Jackson Lanahan, Jr.)、セシリア・スコット(英: Cecilia Scott Lanahan)の4人が生まれた。長男トーマス(愛称ティム)は27歳で自殺した。長女エレナー・"ボビー"・ラナハンは、芸術家・作家の道を進み、母スコティーの伝記 "Scottie, The Daughter of ... The Life of Frances Scott Fitzgerald Lanahan Smith"1995年)を出版した[13]。スコティーはグロウヴ・スミス(英: Grove Smith)と2度目の結婚をしたが、1980年離婚した[18]

スコティーは晩年の13年を、母ゼルダの実家があった[19]アラバマ州モンゴメリーで過ごし、1986年に64歳で亡くなった[18]。彼女はメリーランド州ロックビルの墓地で、両親のすぐ近くに葬られている[20]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 生誕地セントポールは父スコットの故郷でもある[3]

出典[編集]

  1. ^ a b バーグ (1987b, p. 249)
  2. ^ Inductees”. Alabama Women's Hall of Fame. State of Alabama. 2012年2月20日閲覧。
  3. ^ 永岡 & 坪井 (1983, p. 30)
  4. ^ a b c Milford, Nancy (1970), Zelda: A Biography, New York: Harper & Row英語版 
  5. ^ F・スコット・フィッツジェラルド 『華麗なるギャツビー』 大貫三郎訳、角川文庫1957年2月20日、26頁。ISBN 978-4-04-215501-0NCID BA40241017OCLC 9518153402016年11月17日閲覧。「[前略]『どうかお馬鹿さんでありますように——可愛いお馬鹿さんになるのが、女のいちばんの幸福なのよ』って」
  6. ^ a b c Mizener, Arthur (1951), The Far Side of Paradise: A Biography of F. Scott Fitzgerald, Boston: ホートン・ミフリン英語版 
  7. ^ Rudacille, Deborah (2009年12月). “F. Scott Fitzgerald in Baltimore”. Baltimore Style. http://www.baltimorestyle.com/index.php/style/baltimore/baltimore_f_scott_fitzgerald_in_baltimore/ 2014年8月23日閲覧。. 
  8. ^ Bruccoli, Matthew Joseph (2002), Some Sort of Epic Grandeur: The Life of F. Scott Fitzgerald (2nd rev. ed.), Columbia, SC: University of South Carolina Press, ISBN 1-57003-455-9 
  9. ^ Turnbull, Andrew (1962), Scott Fitzgerald, New York: Charles Scribner's Sons 
  10. ^ 永岡 & 坪井 (1983, p. 17)
  11. ^ a b Tate, Mary Jo. Critical Companion to F. Scott Fitzgerald: A Literary Reference to His Life. 
  12. ^ Posterity: Letters of Great Americans to Their Children. 
  13. ^ a b c Kretzmer, Sybil Sever (1995年9月24日). “Fitzgerald Through Other Eyes : Fitzgerald's daughter and lover: Two tales of tragedy and triumph : SCOTTIE: THE DAUGHTER OF . . . The Life of Frances Scott Fitzgerald Lanahan Smith, By Eleanor Lanahan (HarperCollins: $30; 624 pp.) : INTIMATE LIES: F. Scott Fitzgerald and Sheilah Graham Her Son's Story, By Robert Westbrook (HarperCollins: $30; 501 pp.)” (英語). Los Angeles Times. ISSN 0458-3035. http://articles.latimes.com/1995-09-24/books/bk-49315_1_fitzgerald-through-other-eyes-frances-scott-fitzgerald-eleanor-lanahan 2016年4月25日閲覧。 
  14. ^ 松村賢一(監修) 『英語名演説・名せりふ集 Ver.4』 大修館書店、2007-2009。2016年11月19日閲覧。(電子辞書版)
  15. ^ 永岡 & 坪井 (1983, p. 206)
  16. ^ バーグ (1987b, pp. 247-249, 286)
  17. ^ 永岡 & 坪井 (1983, p. 18)
  18. ^ a b Scottie Fitzgerald Smith, Author's Only Daughter”. Orlando Sentinel (1986年6月19日). 2016年11月18日閲覧。
  19. ^ 永岡 & 坪井 (1983, p. 47)
  20. ^ Frances Fitzgerald Gravestone in Rockville, Montgomery, Maryland”. 2014年10月29日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年4月2日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]