フランス領コンゴ

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フランス領コンゴ
Congo français  (フランス語)
コンゴ王国
ロアンゴ王国
オルング王国
1882年 - 1910年 フランス領赤道アフリカ
フランス領コンゴの国旗
(国旗)
フランス領コンゴの位置
フランス領コンゴの領土(1911年)
公用語 フランス語
言語 コンゴ語
ファン語
ミエネ語
リンガラ語
宗教 イスラム教
キリスト教
伝統信仰
ブウィティ英語版
首都 ブラザヴィル
元首等
xxxx年 - xxxx年 不明
変遷
設立 1882年[1]
中コンゴと改名1903年
フランス領赤道アフリカに編入1910年
通貨フランス・フラン
現在コンゴ共和国の旗 コンゴ共和国
中央アフリカ共和国の旗 中央アフリカ共和国
ガボンの旗 ガボン

フランス領コンゴフランス語: Congo français)又は中コンゴフランス語: Moyen-Congo)は、フランスの植民地である。現在のコンゴ共和国ガボン中央アフリカ共和国を領域とした。

歴史[編集]

1880年9月10日、フランス領コンゴはブラザヴィルで始まった。 コンゴ川北岸に暮らすテケ人英語版に対する保護領だった[1]

1882年11月30日、公式に建国された[1]

1884年1885年ベルリン会議で確定した。 カビンダカメルーンコンゴ自由国との国境は次の10年間に条約で確定した。 植民地を発展させる為に、フランスの30社に租借地を与えた。 会社は象牙ゴム材木を扱ったが、これらの「商売」は、多くの場合非道な行いや現地人の奴隷化を伴った。 しかし、利益を上げた会社は約10社に過ぎなかった。 フランス領コンゴは「ガボン・コンゴ」とも呼ばれた[2]

1891年ガボンを併合した[1]

1903年、「中コンゴ」に改名した。

1906年、ガボンと分離した。 マルセイユで開催された植民地展示会英語版で、「フランス領コンゴの拡大」が出版された[3]

1910年フランス領赤道アフリカに併合された。

総督[編集]

中コンゴになるまでに、4人の総督が務めた。[1]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e Histoire militaire des colonies, pays de protectorat et pays sous mandat. 7. "Histoire militaire de l'Afrique Équatoriale française". 1931. Accessed 9 October 2011. (フランス語)
  2. ^ Payeur-Didelot. "Gabon. - Colonie française du Gabon-Congo, 1/3,700,000". 1894. (フランス語)
  3. ^ Rouget, Ferdinand (1906) (French). The Colonial Expansion of French Congo. Émile Larose - via World Digital Library. http://www.wdl.org/en/item/2543/#regions=africa&page=5 2014年6月19日閲覧。 

参考資料[編集]

  • Petringa, Maria. Brazza, A Life for Africa. Bloomington, IN: AuthorHouse, 2006. ISBN 978-1-4259-1198-0. Describes Pierre Savorgnan de Brazza's extensive explorations of what became French Congo, and later, French Equatorial Africa.

外部リンク[編集]