フランシス・ド・ミオマンドル

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フランシス・ド・ミオマンドルフランス語:Francis de Miomandre本名:フランソワ・フェリシアン・デュランFrançois Félicien Durand)、1880年5月22日 - 1959年8月1日)は、フランス第三共和政トゥール出身の小説家

1908年に著されたマルセイユの風俗や青春への決別を描いた代表作『水に描くフランス語版』は同年のゴンクール賞受賞作としても知られる[1][2]

生涯[編集]

1880年5月22日、フランスアンドル=エ=ロワール県のトゥールに生まれ、マルセイユで勉強を学んだ。

スペイン文学に関心を示し、スペイン作家ミゲル・デ・セルバンテスペドロ・カルデロン・デ・ラ・バルカミゲル・デ・ウナムーノキューバの作家リディア・カブレラ英語版グアテマラの作家ミゲル・アンヘル・アストゥリアスブラジルの作家マシャード・デ・アシスらの作品をフランス語に翻訳し、スペイン文学やラテンアメリカ文学をフランスに紹介した[1][2]

青年時代を過ごしたマルセイユを背景に『水を描く(Écrit sur de l'eau...)』を始めとした著作で知られるが、コント随筆も著した。

1959年8月1日に亡くなる。

主な作品[編集]

作風は初め自然主義文学的な作風だったが、後に幻想文学的な作風になった[1]

  • 1908年、『水を描く(Écrit sur de l'eau...)』 - 川口篤訳(実業之日本社、1940年)
  • 1933年、『おっとせい(Otarie)』

脚注・参考文献[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]