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フランク・ゲーリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フランク・ゲーリー
生誕 Frank Owen Goldberg
(1929-02-28) 1929年2月28日
カナダの旗 カナダ オンタリオ州トロント
死没 (2025-12-05) 2025年12月5日(96歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンタモニカ
国籍 カナダの旗 カナダ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身校 南カリフォルニア大学
職業 建築家
受賞 AIAゴールドメダル
RIBAゴールドメダル
プリツカー賞
高松宮殿下記念世界文化賞
アストゥリアス皇太子賞
所属 Gehry Partners, LLP
建築物 ビルバオ・グッゲンハイム美術館
ウォルト・ディズニー・コンサートホール
ゲーリー自邸
ワイズマン美術館
Dancing House
オンタリオ美術館
エクスペリエンス・ミュージック・プロジェクト
エイト・スプルース・ストリート
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フランク・オーウェン・ゲーリー(Frank Owen Gehry [ˈɡɛəri]1929年2月28日 - 2025年12月5日) は、アメリカ合衆国ロサンゼルスを本拠地とする、カナダトロント出身の建築家コロンビア大学建築大学院教授。イェール大学でも教鞭を執っていた。

略歴

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1929年2月28日トロントに住むニューヨーク生まれのロシア系ユダヤ人の父アーヴィング・ゴールドバーグとウッチ生まれのポーランド系ユダヤ人の母セルマの間にフランク・オーウェン・ゴールドバーグ(Frank Owen Goldberg)として生まれるが、のちに反ユダヤ主義を避けてゲーリーに改姓した[1]。彼はまたイーフレイム(Ephraim)というヘブライ名を持っている。創造的な子どもで、音楽や絵画を好んだ。特に母方の祖母と薪ストーブの燃料用木くずを使って作った台所の床上の「小さな町」は、自身の創作の原点だと語っている。また、波型鉄板や金網、合板などの工業用素材の使用は、10代の放課後や土曜日に手伝った祖父の金物店での経験が影響を与えている。

トロントの高校を卒業し、1947年に、家族とロサンゼルスへ移住。トラック運転手や親戚の事業の手伝いをしながら、ロサンゼルス・シティー・カレッジの夜間クラスに通い、美術と建築を学んだ。また、南カリフォルニア大学の時間外プログラムにも通い美術史や陶芸を学んだ。1952年、最初の妻アニタと結婚。1954年南カリフォルニア大学より建築学士号を取得する。同年、第一子の誕生に際して、反ユダヤ主義の影響を避けるために姓をユダヤ系のゴールドバーグから現在のゲーリーに変更する。その後、徴兵され1956年まで陸軍に入隊し、隊員クラブの改修を手がけた。除隊後、ハーバード大学デザイン大学院で都市計画を1年間学んだ。その後、ロサンゼルスに戻り、ペレイラ&ラックマン事務所を経て、大学時代に働いていたヴィクター・グルーエン事務所に所属する。グルーエン事務所には1960年まで所属し、住宅から商業施設、オフィス、複合施設など幅広く設計を手がけた。

1961年、友人の誘いもあり、スティーヴス邸の設計料を元手に、妻と幼い2人の娘と共にパリへ移った。パリでは、建築家のアンドレ・ルモンデ(André Remondet)の下で働き、週末にはシャルトル大聖堂ロンシャンの礼拝堂(Notre Dame du Haut, Ronchamp)などの建築のメッカで過ごす。1962年にアメリカに戻り、1967年に他の若い建築家と事務所を設立する。

当初、一般向け家具のデザインを手掛けた彼は、価格をめぐり投資家と対立し、成功には恵まれなかった。1978年より世間の注目を集めるきっかけになったのは、皮肉にもサンタモニカの自宅の安価なリノベーションであった、「ゲーリー自邸Gehry Residence)」である。その後、脱構築主義建築の旗手とみなされるようになり、建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞高松宮殿下記念世界文化賞を含む、高い評価を受ける作品を数多く発表するようになる。

彼はソフトウェア技術にも精通し、モデリングと構造解析を行う航空力学・機械設計向けソフト「CATIA」を建築に適用しつつ、複雑な形態を構造的に解決している。同時に、ファサードに用いられるチタンパネルの枚数など、施工に必要な部材の具体的な数値・量までもが割り出される。ビルバオ・グッゲンハイム美術館などは、その技術を駆使した設計の一例である。2002年には、ゲーリーが設計に用いるこれらの技術をビジネス化するため、Gehry Technologies社が設立された。

2003年カナダ勲章叙勲。2006年から、ティファニーのジュエリーデザインを多数手掛ける。

2007年6月2日から、渋谷のBunkamuraル・シネマほかにて、彼を題材にしたドキュメンタリー映画『スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー』が公開された。

日本には、神戸にある巨大オブジェ「フィッシュ・ダンス」のほか、sno:la京都店に彼がデザインした段ボールでできたイスやソファーがある。

2025年12月5日、呼吸器疾患のためカリフォルニア州サンタモニカの自宅で死去[2][1]96歳没

作品

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名称所在地状態備考
デイヴィッドの小屋1958年カリフォルニア州アイディルワイルド=パイン・コーブアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
スティーヴス邸1959年カリフォルニア州ロサンゼルス
クライン邸1964年カリフォルニア州ベルエアー
アトキンソン・パーク休憩所カリフォルニア州サンタモニカ
ダンツィガー・スタジオ レジデンス1965年カリフォルニア州ロサンゼルス
メリウェザー・ポスト・パビリオン1967年メリーランド州コロンビア
オニールの納屋1968年カリフォルニア州サン・ファン・カピストラーノ
デイヴィス・スタジオ レジデンス1972年カリフォルニア州マリブ
ラウズ・カンパニー本社1974年メリーランド州コロンビア
コンコード・パビリオン1975年カリフォルニア州コンコード
ゲーリー自邸1978年カリフォルニア州サンタモニカ
ロヨラ大学・ロースクールカリフォルニア州ロサンゼルス
ジェミニ G.E.L1979年
サンタモニカ・プレイス1980年カリフォルニア州サンタモニカ
スピラー邸カリフォルニア州ヴェニス
ベンソン邸1981年カリフォルニア州カラバサス
映画制作者の家カリフォルニア州ロサンゼルス
アーノルディ・トライプレックス
カブリロ海洋水族館カリフォルニア州サンペドロ
インディアナ・アヴェニュー・スタジオカリフォルニア州ヴェニス
レベッカズ・レストラン1983年一部現存
ロサンゼルス現代美術館別館
ゲフィン・コンテンポラリー・アット・MOCA
1984年カリフォルニア州ロサンゼルス
カリフォルニア航空宇宙博物館
ウォスク邸カリフォルニア州ビバリーヒルズ
ノートン邸カリフォルニア州ヴェニス
ハリウッド地域支部図書館1985年カリフォルニア州ハリウッド
UCI情報技術棟1986年カリフォルニア州アーバイン現存せず
ウィントン・ゲストハウス1987年ミネソタ州オワトナ
フィッシュ・ダンス兵庫県神戸市日本の旗 日本
サーマイ=ピーターソン邸1988年カリフォルニア州サウザンドオークスアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
エッジマール・センターカリフォルニア州サンタモニカ
シュナーベル邸1989年カリフォルニア州ブレントウッド
ハーマンミラー社西部地区本部カリフォルニア州ロックリン
ヴィトラ・デザイン・ミュージアムヴァイル・アム・ラインドイツの旗 ドイツ
イェール大学精神医学研究所コネチカット州ニューヘイブンアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
シャット/デイ/モージョー広告代理店ビルディング1991年カリフォルニア州ヴェニス
アイオワ大学先端技術研究所1992年アイオワ州アイオワシティ
ユーロ・ディズニーランド娯楽センターマルヌ=ラ=ヴァレフランスの旗 フランス
ビラ・オリンピカバルセロナスペインの旗 スペイン
トレド大学美術学部オハイオ州トレドアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ミネソタ大学 ワイズマン美術館1993年ミネソタ州ミネアポリス
ヴィトラ本社ビル1994年ビルスフェルデンスイスの旗 スイス
アメリカン・センターパリフランスの旗 フランス現 シネマテーク・フランセーズ
フランクフルトの集合住宅フランクフルトドイツの旗 ドイツ
ディズニー・アイス・リンク1995年カリフォルニア州アナハイムアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
EMR情報・技術センターバート・エーンハウゼンドイツの旗 ドイツ
ナショナル・ネーデルランデン・ビルプラハ チェコ
チーム・ディズニーランド管理ビル1997年カリフォルニア州アナハイムアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ビルバオ・グッゲンハイム美術館ビルバオ[3]スペインの旗 スペイン
メディア・ハーバー・ビル1999年デュッセルドルフドイツの旗 ドイツ
DG銀行ビルベルリン現DZ銀行
シンシナティ大学ヴォンツ分子科学センターオハイオ州シンシナティアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
コンデナスト・カフェテリアニューヨーク州ニューヨーク
エクスペリエンス・ミュージック・プロジェクト2000年ワシントン州シアトル
ゲーリー・タワー2001年ハノーファードイツの旗 ドイツ
トライベッカ・イッセイ・ミヤケ旗艦店ニューヨーク州ニューヨークアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ケース・ウェスタン・リザーブ大学ピーター・B・ルイス・ビルディング2002年オハイオ州クリーブランド
マギー・センター2003年ダンディースコットランドの旗 スコットランド
ウォルト・ディズニー・コンサートホールカリフォルニア州ロサンゼルスアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
リチャード・B・フィッシャー舞台芸術センターニューヨーク州アナンデイル・オン・ハドソン
MITレイ・アンド・マリア・ステイタ・センター2004年マサチューセッツ州ケンブリッジ
プリツカー・パビリオンイリノイ州シカゴ
BPペデストリアン・ブリッジ
マルタ2005年ハーフォードドイツの旗 ドイツ
IAC西海岸ヘッドクオーターカリフォルニア州ウェストハリウッドアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ホテル・マルケス・デ・リスカル2006年エルシエゴスペインの旗 スペイン
IAC本社屋2007年ニューヨーク州ニューヨークアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
プリンストン大学ルイス図書館2008年ニュージャージー州エリザベス
オンタリオ美術館トロントカナダの旗 カナダ
サーペンタイン・ギャラリー・パビリオン2008ロンドンイギリスの旗 イギリス
デンマーク対がん協会カウンセリング・センター ヘイムダル2009年オーフス デンマーク
ル・ルポ脳研究所2010年カリフォルニア州ラスヴェガスアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オーア・オキーフ美術館ミシシッピー州ビロクシ
エイト・スプルース・ストリートニューヨーク州ニューヨーク
ニュー・ワールド・シンフォニー2011年フロリダ州マイアミビーチ
オーパス香港香港中華人民共和国の旗 中国
シグネチャー ・センター2012年ニューヨーク州ニューヨークアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
メイク・イット・ライトルイジアナ州ニューオーリンズ
マギーズセンター香港2013年香港中華人民共和国の旗 中国
生物多様性博物館2014年パナマ市パナマの旗 パナマ
ルイ・ヴィトン財団パリフランスの旗 フランス
シドニー工科大学ドクター・チャウ・チャク・ウイング棟シドニーオーストラリアの旗 オーストラリア
フェイスブック・ウェスト2015年カリフォルニア州メンローパークアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ピエール・ブーレーズ・ザール (バレンボイム・サイード・アカデミー内)2017年ベルリンドイツの旗 ドイツ
プロダクトデザイン
名称販売
イージー・エッジズ1969–73ヴィトラ社
エクスペリメンタル・エッジズ1979–82
ベントウッド・ファーニチャー1989–92ノール社

日本語文献

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  • 『フランク・O.ゲーリー アーキテクチュア+プロセス』鹿島出版会、2008年
ミルドレッド・フリードマン編、繁昌朗・山口祐一郎訳。講義録
バーバラ・アイゼンバーグ編著、岡本由香子訳。講義録
  • 『建築という芸術 評伝フランク・ゲ-リー』鹿島出版会、2024年
ポール・ゴールドバーガー、坂本和子訳

受賞歴

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作品ギャラリー

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脚注

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  1. 1 2 Horton, Adrian (2025年12月5日). “Frank Gehry, legendary Canadian-American architect, dies aged 96”. The Guardian (イギリス英語). ISSN 0261-3077. 2025年12月6日閲覧.
  2. アメリカを代表する建築家フランク・ゲーリーさん死去、96歳…米紙「最も傑出した独創的才能」”. 読売新聞オンライン (2025年12月6日). 2025年12月6日閲覧。
  3. トム・アルフィン『レゴでつくろう世界の名建築』エクスナレッジ、2016年、158頁。ISBN 978-4-7678-2190-0