フォーナインズ

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999.9のチタンフレーム(手前)とセルフレーム(奥)
ハーフリムレスフレーム 内側のフレームでレンズを支持し、外側のフレームはレンズとは接していない

フォーナインズ(999.9)は眼鏡フレームを企画、卸売り、小売りする企業[1]である。

概要[編集]

「999.9」なる名称は金の純度を眼鏡の品質と機能を追求する趣旨で社名に[1]採ったものである。東洋人の幅広な頭部形状に沿う設計[1]で良好な装着感が20から30代に好評[2]で、卸売りと直売12店舗を直営する。商品は26000から50000円[3]で、2015年8月期は従業員数150名で売上高34億円である。1996年に三瓶哲男ら4人[4]が、東京都世田谷区[5]で創業している。


特徴[編集]

女性向けモデルの丁番
男性向けモデルの丁番
薄いチタンパーツを使って弾力性をもたせた丁番

従来の眼鏡はレンズ部と耳介を繋ぐテンプル部分に直線形状が多用されているが、頭部幅が狭い欧米人に由来しており頭部が丸く幅広な日本人は不向きで、眼鏡店員が客それぞれに調整して販売[1]している。これを不合理と捉える眼鏡販売人らが1995年に製品を発表して1996年にフォーナインズを創業[6]する。曲線状テンプルは「恰好が悪い」と当初は不評だが快適な装着感で男性に好評[1]を得る。1999年頃にレンズ下部をナイロン糸で釣り前枠のフレーム下半分を無くした「ハーフリムレス」形状が人気を博して主力商品となり、軽量化を図り金属部にチタンを採用[7]する。約10年ごとの「眼鏡ブーム」に伴う女性ユーザー増加に応じて女性向け製品[2]を増やす。

テンプルやフレーム全体に弾力性を有したり、セルフレームの鼻掛けに金属パーツを用いる製品[1][8]や、フレームの前枠とテンプルを接続する部品である丁番に唐草を模すS字型を採り、頭部への負担分散と優美な雰囲気を強調する女性向け製品など、装着感を考慮する機能的デザイン[5]は、脱着時に力を分散させてフレーム全体の変形を防ぎ、顔にフィットする適切な弾力を保つ[4]効果も有する。

試作品は製品と同じ素材でモックアップは作成せず独自に金型を作成し、引っ張り、捻じり、踏襲など各種負荷試験から修正して再び金型を改めており、他社の5から10倍の開発費用[9]を掛けている。

デザインが優先されるサングラスには参入していなかったが[10]2011年に初めてサングラスシリーズ「フォーナインズ・フィールサン」を発売[11]し、カーボン素材で36万7500円の限定商品など[3]も販売している。

フォーナインズシブヤなど直営店での検眼は、3000枚の検眼レンズから顧客の視力に合致する1枚レンズを選択する自社開発の独自システム[12]を採っている。

販売[編集]

小売店への卸値引きは実施せず、販売数量が多い店舗や卸値引きが慣習の百貨店も同一掛け値を設定して廉売による顧客満足度の低下を防ぎ、全品数量買い取り制で、返品交換や催事やセールは実施せずにブランド力の維持[4][13]に傾注している。

繁華街などで高質な接客を施す直営店舗は展開に不向きで、地方販売は小売店へ任せている[13]。過去製品の原型は保存して欠番部品を回避し[14]、欠品時は再生産して修理対応[13]を是としている。

創業者 三瓶哲男[編集]

model_S-102T;細かいパーツを組み合わせて構成される

三瓶哲男(みかめてつお)は名古屋出身の眼鏡デザイナー、眼鏡職人、経営者[10]で、1958年に高校教師の父親に三男[15]として生まれる。勉強が苦手で高校もスポーツ推薦入学で受験経験が無いままに歯科技工士を志すも大学受験に失敗し、父が手に職をと勧める開校間もない4年制眼鏡制作専門学校の他に合格は得られず止む無く進学し、眼鏡店の実務と経営、眼疾患やコンタクトレンズのための解剖学や生理学、薬理学などを学ぶも、眼鏡に興味を得ていない。兄弟は、長男はトヨタに勤めて次男は美術大学へ進学するなど全員もの作り分野へ進んだ[15]

眼鏡店就職後[編集]

三瓶は眼鏡専門学校を卒業後に埼玉県熊谷市の老舗眼鏡小売店へ就く[4][15]も8か月で退社し、渋谷の老舗眼鏡店ロイド眼鏡でアルバイトに就いたのちに正社員とされるも生意気な性格が問題で解雇される。当時はかけ心地を考慮する眼鏡は多くなく、眼鏡のかけ心地は眼鏡形状を客の身体に合わせて調節する眼鏡店員の仕事で、店員が形状を調整しても早くは数日ほどでずり下がったり痛覚が刺激されることも多かった[4]。開発担当として某眼鏡店に入社後に福井の生産工場で客先向けブランドの企画開発営業に就くも長続きせず[9]、弾力性を企図した細いテンプルに強度と破損リスクを攻めて0.05mmの精度に拘泥するあまりにデザイナーよりも優位で「どうでもいいじゃないか」とする製造職人と衝突して1985年までに3回解雇され、「外国製品のデザインをコピーしたような眼鏡が、日本人が合うはずがない。かけ心地を重視して眼鏡のデザインを行えば売れる商品ができる」と思うようになる[4]1983年に25歳で眼鏡職人に弟子入り[9]して眼鏡デザイナーを志してフレーム制作技術を学ぶ[4]。平日昼間は眼鏡店でアルバイト、夜間は眼鏡図面を描いて職人の下へ通いフレームを作り、休日は販売店へ行商するも全く儲からず、一時期は眼鏡業界から足を洗おうとも考えたが知人らに引き留められた[9]

フォーナインズ設立[編集]

1991年、33歳で三瓶は独立してフリーのデザイナーとなり「デザインオフィス・フォーナインズラボラトリー」を設立[9][13]、様々なブランドにデザインを提案するようになるが採用されることは少なかった[4]。徹夜でデザインしても全く収入が得られないという状態が続いた[4]。自分が理想とする眼鏡を作るためには独自ブランドを立ち上げるしかないと悟った三瓶は1995年にデザイナーの個人ブランド「フォーナインズ」を立ち上げた[4][13]。「ダメだったら、道路工事現場で肉体労働すればいい」という思いだった[4]。最初の製品として、プラスチックフレームの2つのモデル(E-01、E-02 各20000円)を用意した[14]。眼鏡の加重を分散させるために極端な肉厚差と曲線をつけたフレームのプレス作業は、最初のうちは試行錯誤の連続であった[9]。福井県鯖江市の生産工場でも製造できないと断られた。鯖江で数少ない理解者の一人であった関眼鏡製作所が製造を引き受けた[9]。当初、フォーナインズの眼鏡の販売を引き受けてくれたのは全国に7店舗だけであった[4]。1995年当時日本産フレームは2流品扱いだったが[4]、そんな国産の、新参者の三瓶の眼鏡フレームは徐々に支持者を増やしていった[4]

法人化[編集]

1996年、37歳のときに三瓶の取り組みに賛同した眼鏡小売り経験者ら3人「飯村、櫻井、武川」[16]が集まり有限会社フォーナインズを設立し三瓶が代表取締役に就任した[4][14][10][17][18]。1998年に銀座三丁目のビル2階に最初の直営店となる銀座店を開設したが[14]、当時は全く注目されずマスコミの取材もなく花屋と間違えて入ってくる客がいるほどであった[16]。出展する眼鏡展示会で好セールスを連発するようになりフォーナインズは急成長する。2002年には直営店の床面積を92平米から224平米に増床して2フロア構成とした[19]。2003年には新宿伊勢丹メンズ館のに初の百貨店内店舗を開設。2007年には取扱が200社450店舗に増えた。三瓶は、品質が良ければ自然に客は増えるものであり、眼鏡屋に頭を下げたところで眼鏡は売れなる訳はないという強気の商売をした。2007年当時レンズを入れた平均単価が25000円とされる業界で、フォーナインズの眼鏡はレンズセットで60000円近い価格設定であったが、年間12万セットを販売した[4]。それまでは経験者のみの中途採用だけであったが、2007年から大学新卒者の採用も開始した[4]

フォーナインズ退社後[編集]

2008年、三瓶は取1995年の立ち上げ時から営業部門の責任者をしていた飯村祐一に締役の座を譲り[16]、フォーナインズを離れた。2010年、アランミクリのアジアトップを勤めていた台湾人の鍾易民(ケイマン・チョン)と一緒にTonySame(トニーセイム)という別ブランドを立ち上げる、また生産地を中国に移した新ブランドについても企画を始める。新ブランドではデザインもチャイナ・セントラル・アカデミー・オブ・ファイン・アーツ芸術学校(中国中央美術学院)に任せる形をとり、三瓶はデザイン面から身を引く予定としている。2012年秋、新ブランドATTRACT(アトラクト)を立ち上げる。

本社[編集]

東京都世田谷区用賀4-10-1世田谷ビジネススクエアタワー15階

事業所[編集]

  • フォーナインズ 成城オフィス(東京都世田谷区成城2丁目)
  • フォーナインズ 福井オフィス(福井県福井市御幸4丁目)

特記事項[編集]

  • 2003年現在、在外工場は生産現場と意思疎通が困難と考えて全製品を福井県で生産[20][13]している。
  • 2008年3月に銀座店開店10周年を期し、銀座をテーマにした社内フォトデザイナーによる写真展を開催[21]し、2010年に銀座並木通りで地区2店舗目[22]を開店する。
  • 小柄な頭部で鼻梁が高い欧米人向け製品は設計が異なるために手掛ける予定はない[10]としている。
  • アラン・ミクリ本人がフォーナインズの店舗を見学に訪れ、みな私の真似ばかりするが三瓶は違うから応援するぞと述べている[15]
  • 創業者4人は、会社やブランドは個人に属せずの認識から互いに自らの子息を入社させない旨を約束[16]している。

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f “[装いのブランド]999.9 曲線状の「つる」がフィット” (日本). 読売新聞 (東京: 読売新聞社): p. 19. (2013年2月5日) 
  2. ^ a b “眼鏡でイメージアップ 知的な女性、自ら演出 海外ブランドもの購入…” (日本). 読売新聞 (東京: 読売新聞社): p. 15. (2008年1月31日) 
  3. ^ a b “「フォーナインズ」開店 金沢でソシエハシヅメ” (日本). 北日本新聞 (富山: 北日本新聞社): p. 5. (2011年7月2日) 
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 「起・業・人 number 219 フォーナインズ代表取締役●三瓶哲男」、『週刊ダイヤモンド』、ダイヤモンド社、東京、2007年12月1日、 130-131頁。
  5. ^ a b “[装う]眼鏡の金属フレーム スタイル洗練、加工技術が向上” (日本). 読売新聞 (東京: 読売新聞): p. 16. (2008年2月14日) 
  6. ^ ウェブサイトで1996年(平成8年)4月9日設立と記載している。
  7. ^ ハーフリムレス眼鏡 「あか抜けて」人気上昇 色・デザイン、選択肢多彩 1999年01月18日 読売新聞 東京朝刊 14頁 写有 (全1,155字)
  8. ^ (日本)読売新聞 (大阪: 読売新聞社): p. 19. (2006年5月7日) 
  9. ^ a b c d e f g 探訪 小さな巨人たち (20) 株式会社フォーナインズ(東京都世田谷区) 機能と品質のピュアな追求が究極の機能美を生む 2003年08月30日 週刊ダイヤモンド 106-107頁 (全1,613字)
  10. ^ a b c d (元気東海つかう)フォーナインズのメガネ 【名古屋】 朝日新聞 2006.07.13 名古屋朝刊 28頁 つかう 写図有 (全2,121字)
  11. ^ フォーナインズ初のサングラス 2011.04.13 読売新聞 東京夕刊 4頁 写有 (全187字)
  12. ^ 〈ショップ拝見〉 フォーナインズシブヤ 体に優しい設計の眼鏡 2000年05月19日 繊研新聞 10面 写有 (全496字)
  13. ^ a b c d e f 新スタンダード創造を語る 眼鏡でブランド確立 フォーナインズ社長 三瓶哲男さん 「壊れず」「心地良く」を多くの人に 100年かけて真のブランドに 2005.01.01 繊研新聞 25面 写有 (全2205字)
  14. ^ a b c d 【モノStory】フォーナインズの眼鏡 常に快適な掛け心地 日本工業新聞新社 2005年02月20日 FujiSankei Business i. 20頁 トレンド Bナビ 写有 (全1,077字)
  15. ^ a b c d 第1回アイウェアデザイナー三瓶哲男氏に聞く-メガネ今昔物語part1-2011年12月半 2017年1月29日閲覧
  16. ^ a b c d 株式会社フォーナインズ 代表取締役 飯村 祐一 | 仕事を楽しむためのWeb B-plus 2017年1月30日閲覧
  17. ^ 三瓶哲男さん メガネのデザイナー(ひっとびっと) 朝日新聞 2000年05月20日 東京夕刊 8頁 夕刊経済特集4 写図有 (全622字)
  18. ^ 出典によって4人という記載もある
  19. ^ 眼鏡のフォーナインズ 銀座店を増床オープン 2002年04月23日 繊研新聞 10面 写有 (全203字)
  20. ^ おしゃれの手帖 秋山都 「フォーナインズ」の眼鏡 軽くて高品質 福井の誇り 2003年04月02日 中国新聞 中国朝刊 くらし 写有 (全695字)
  21. ^ [永峰好美のGINZA通信]路地裏で楽しむ食談議 2008年03月13日 読売新聞 東京夕刊 11頁 (全747字)
  22. ^ 銀座に直営2号店 眼鏡のフォーナインズ 2010.07.21 繊研新聞 5面 写有 (全343字)

外部リンク[編集]