フォルティチュード・ボローニャ

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フォルティチュード・ボローニャ
原語表記 Fortitudo Baseball Bologna
創設年度 1953年
所属リーグ
加盟団体 イタリアの旗 イタリア野球・ソフトボール連盟
リーグ イタリアンベースボールリーグ
歴代チーム名
  • ウニポルサイ・ボローニャ (2014年 - )
  • ウニポル・ボローニャ (2011年 - 2013年)
  • UGFアシキュラチオニ・ボローニャ (2010年)
  • フォルティチュード・ボローニャ (2008年 - 2009年)
  • イタレリ・ボローニャ (1995年 - 2007年)
  • ボローニャ (1994年)
  • フォンテ・ガウダニエッロ・ボローニャ (1993年)
  • ユーロビルディングス・ボローニャ (1992年)
  • ポリエディル・ボローニャ (1990年 - 1991年)
  • カフェ・メセタ・ボローニャ (1988年 - 1989年)
  • ビエンメ・ジオカットーリ・ボローニャ (1986年 - 1987年)
本拠地
ホームタウン エミリア=ロマーニャ州の旗 エミリア=ロマーニャ州ボローニャ県ボローニャ (1953年 - )
本拠地 Fortitudo Baseball Club retires number 33 of Riccardo Matteucci 2011 Bologna 1.jpg
スタジオ・ジャンニ・ファルチ (1953年 - )
永久欠番
7・8・11・13・20・33
獲得タイトル
リーグ優勝0(10回)
1969年・1972年・1974年・1978年・1984年・2003年・2005年・2009年・2014年・2016年
コッパ・イタリア0(9回)
1973年・1982年・1997年・2003年・2005年・2008年・2010年・2012年・2015年
スーパー・コッパ・イタリア0(1回)
2004年
ヨーロピアン・カップ0(5回)
1973年・1985年・2010年・2012年・2013年
球団組織
会長 イタリアの旗 ダニエレ・フリニャーニ
監督 イタリアの旗 ステファノ・ミッチェリーニ

フォルティチュード・ボローニャ(Fortitudo Bologna)は、イタリアプロ野球チーム。イタリアンベースボールリーグ(IBL)に所属。エミリアロマーニャ州ボローニャにあるスタディオ・ジャンニ・ファルチを本拠地とする。

2011年にイタリアの保険会社・ウニポル(Unipol)が命名権を買収し、「ウニポル・ボローニャ」へ改名。その後、2014年に設立されたウニポル傘下のウニポルサイ(UnipolSai)に命名権が移行したため、2014年から「ウニポルサイ・ボローニャ」として活動している。

概要[編集]

1953年に創設され、1954年からセリエCに加盟。1958年にセリエBへ昇格し、1963年からセリエAへ昇格した。

1969年にリーグ初優勝を果たした。

1972年に3年振り2度目のリーグ優勝を果たした。

1973年にコッパ・イタリアで優勝を果たし、ヨーロピアン・カップ・チャンピオンでも優勝を達成。

1974年に2年振り3度目のリーグ優勝を果たした。

1978年に4年振り4度目のリーグ優勝を果たした。

1982年にコッパ・イタリアで10年振り2度目の優勝を果たした。

1984年に6年振り5度目のリーグ優勝を果たした。

1985年にヨーロピアン・カップ・チャンピオンに12年振り2度目の優勝を果たした。

1997年にコッパ・イタリアで15年振り3度目の優勝を果たした。

2003年に19年振り6度目のリーグ優勝を果たした。コッパ・イタリアでも、6年振り4度目の優勝を果たした。

2004年にスーパー・コッパ・イタリアで優勝を果たした。

2005年に2年振り7度目のリーグ優勝を果たした。コッパ・イタリアでも2年振り5度目の優勝を果たした。

2008年にコッパ・イタリアで3年振り6度目の優勝を果たした。

2009年は4年振り8度目のリーグ優勝を果たした。

2010年から旧セリエAを改編したイタリアンベースボールリーグ(IBL)に参加。コッパ・イタリアで2年振り7度目の優勝を果たした。また、ヨーロッパ・カップ・チャンピオンで25年振り3度目の優勝を果たした。

2012年はコッパ・イタリアで2年振り8度目の優勝を果たした。また、ヨーロッパ・カップ・チャンピオンで2年振り4度目の優勝を果たした。

2013年はヨーロッパ・カップ・チャンピオンで2年連続5度目の優勝を果たした。オフの11月には、中国が事情により参加を辞退した影響でアジアシリーズ2013に、ヨーロピアン・カップ・チャンピオンで優勝したボローニャが招待国として出場することになった。そのため、日本と台湾でプレー経験のあるジャンカルロ・アルバラードと契約した。だが三星ライオンズ統一セブンイレブン・ライオンズに連敗し予選リーグで敗退した。

2014年には5年振り9度目のリーグ優勝を果たした。

2015年はレギュラーシーズンを1位で通過し、二次リーグも1位で突破。しかしイタリアン・ベースボール・シリーズでリミニ・ベースボールを相手に0勝4敗で敗退。決勝のカードを獲得したコッパ・イタリアではネットゥーノ・ベースボールに2勝1敗で勝利し、3年ぶりにコッパ・イタリアのタイトルを獲得した。

2016年もレギュラーシーズンを1位で通過し、プレーオフへ進出した。前年と同じく決勝でリミニ・ベースボールと対戦。4勝2敗で勝ち越し、2年ぶりの優勝を果たした。

所属選手[編集]

2016年シーズン。公式サイト参照。括弧内は二重国籍。

投手
# 選手名
19 イタリアの旗 フィリッポ・クレパルディ (Filippo Crepaldi) (アメリカ合衆国の旗)
25 イタリアの旗 ニコラス・プリエーゼ (Nicholas Pugliese) (アメリカ合衆国の旗)
27 イタリアの旗 ブレント・ブッファ (Brent Buffa)
32 アメリカ合衆国の旗 マット・ジエリンスキ (Matt Zielinski)
34 イタリアの旗 ルカ・パネラッティ (Luca Panerati)
40 オーストラリアの旗 ライアン・サール (Ryan Searle)
43 イタリアの旗 リカルド・デ・サンティス (Riccardo De Santis)
46 イタリアの旗 マッテオ・ボッチ (Matteo Bocchi)
49 イタリアの旗 ピエトロ・パオロ (Pietro Paolo)
71 イタリアの旗 アンドレア・ピッツィコーニ (Andrea Pizziconi)
75 ベネズエラの旗 ラウル・リベロ (Raul Rivero)
捕手
# 選手名
4 ベネズエラの旗 オスマン・マーバル (Osman Marval)
28 イタリアの旗 タイラー・ラトア (Tyler LaTorre)
41 イタリアの旗 マルコ・サバターニ (Marco Sabbatani)
内野手
# 選手名
5 ベネズエラの旗 ロニー・セデーニョ (Ronny Cedeño)
6 ベネズエラの旗 フアン・カルロス・インファンテ (Juan Carlos Infante) (イタリアの旗)
22 イタリアの旗 フランチェスコ・フッチ (Francesco Fuzzi)
23 イタリアの旗 アレッサンドロ・ヴァーリオ (Alessandro Vaglio)
29 イタリアの旗 アレッサンドロ・グリマウド (Alessandro Grimaudo)
45 イタリアの旗 マルティン・モンディーノ (Martin Mondino)
83 イタリアの旗 アレックス・サンブッチ (Alex Sambucci)
外野手
# 選手名
9 イタリアの旗 ロレンツォ・ファブリ (Lorenzo Fabbri)
24 イタリアの旗 クラウディオ・リベルジャーニ (Claudio Liverziani)
51 イタリアの旗 パオリノ・アンブロッシモ (Paolino Ambrosino)
99 イタリアの旗 アレクサンダー・ルッソ (Alexander Russo) (ドミニカ共和国の旗)

過去に所属していた主な選手[編集]

タイトル[編集]

  • カンピオナーチ・イタリアーニ (18回)
1969年, 1972年, 1974年, 1978年, 1984年, 2003年, 2005年, 2009年, 2014年, 2016年
  • コッパ・イタリア (9回)
1973年, 1982年, 1997年, 2003年, 2005年, 2008年, 2010年, 2012年, 2015年
  • スーパーコッパ・イタリアーナ (1回)
2004年
1973年, 1985年, 2010年, 2012年

年度別成績[編集]

年度 地区 レギュラーシーズン ポストシーズン
順位 試合 勝利 敗戦 勝率
セリエA
1963年 - 4位 18 12 6 .667
1964年 - 2位 18 14 4 .774
1965年 - 4位 31 20 11 .645
1966年 - 4位 34 20 14 .588
1967年 - 4位 32 16 16 .500
1968年 - 4位 27 15 12 .556
1969年 - 優勝 27 21 6 .778 リーグ優勝
1970年 - 2位 44 34 10 .773
1971年 - 3位 44 32 12 .727
1972年 - 優勝 44 38 6 .864 リーグ優勝
1973年 - 2位 44 35 9 .795 ヨーロピアン・カップ優勝
コッパ・イタリア優勝
1974年 - 優勝 44 36 8 .818
1975年 - 3位 57 39 18 .684
1976年 - 3位 54 37 17 .685
1977年 ジローネA 2位 24 16 8 .667 プレーオフ敗退
1978年 - 優勝 36 31 5 .861 リーグ優勝
1979年 - 4位 36 25 11 .694
1980年 - 3位 36 24 12 .694
1981年 ジローネA 4位 28 18 10 .643 プレーオフ敗退
1982年 ジローネB 優勝
(リーグ6位)
28 13 15 .464 コッパ・イタリア優勝
1983年 ジローネB 2位 18 14 4 .778 プレーオフ敗退
1984年 2位 21 15 6 .714 リーグ優勝
1985年 - 2位 66 50 16 .758 ヨーロピアン・カップ優勝
1986年 ジローネ2 2位 48 37 11 .771 プレーオフ敗退
1987年 ジローネ1 3位 42 30 12 .714 プレーオフ敗退
1988年 優勝 42 34 8 .810 プレーオフ敗退
1989年 3位 42 26 16 .619 プレーオフ敗退
1990年 3位 66 34 32 .515 プレーオフ敗退
1991年 ジローネ1 6位 36 19 17 .527
1992年 - 2位 36 25 11 .694 プレーオフ敗退
1993年 - 5位 36 21 15 .583 プレーオフ敗退
1994年 - 4位 48 32 16 .667 プレーオフ敗退
1995年 - 7位 54 22 32 .407
1996年 - 9位 54 17 37 .315
1997年 セリエA2 コッパ・イタリア優勝
1998年 - 8位 48 17 31 .354
1999年 - 5位 42 23 19 .548
2000年 - 5位 48 26 22 .542
2001年 - 2位 54 39 15 .722 プレーオフ敗退
2002年 - 優勝 54 39 15 .722 プレーオフ敗退
2003年 - 優勝 54 42 12 .778 リーグ優勝
コッパ・イタリア優勝
2004年 - 2位 54 43 11 .796 イタリアン・ベースボール・シリーズ敗退
スーパーコッパ・イタリアーナ優勝
2005年 - 優勝 54 35 19 .648 リーグ優勝
コッパ・イタリア優勝
2006年 - 優勝 48 30 18 .625 プレーオフ敗退
2007年 - 2位 42 27 15 .643 プレーオフ敗退
2008年 - 優勝 42 34 8 .810 プレーオフ敗退
コッパ・イタリア優勝
2009年 - 優勝 42 34 8 .810 リーグ優勝
イタリアン・ベースボール・リーグ
2010年 - 4位 42 25 17 .595 イタリアン・ベースボール・シリーズ敗退
コッパ・イタリア優勝
ヨーロピアン・カップ優勝
2011年 - 2位 42 29 13 .690 プレーオフ敗退
2012年 - 優勝 42 31 11 .738 プレーオフ敗退
コッパ・イタリア優勝
ヨーロピアン・カップ優勝
2013年 - 優勝 36 28 8 .777 プレーオフ敗退
2014年 ジローネA 優勝 20 17 3 .850 リーグ優勝
後期リーグ 優勝 18 13 5 .722
2015年 - 優勝 28 23 5 .821 イタリアン・ベースボール・シリーズ敗退
コッパ・イタリア優勝
2016年 - 優勝 36 27 9 .750 リーグ優勝

永久欠番[編集]

# 名前 守備位置 備考
7 イタリアの旗 ジョヴァンニ・ラーカー 投手 1960年代後半から1970年代にかけてリーグタイトルの獲得に貢献。通算241試合(1423回)で111勝56敗、1047奪三振。
8 イタリアの旗 ウンベルト・カルゾラーリ 投手・外野手 1年目の1960年からボローニャで活躍。通算268試合に登板し、152勝59敗4セーブ、防御率2.16。
打者としても打率.292、32本塁打、305打点、69盗塁を記録した。2014年イタリア野球殿堂入り[1]
11 イタリアの旗 アルフレド・メーリ 外野手 1965年にボローニャでデビュー。通算431試合に出場し、打率.302、400得点、176盗塁を記録。
引退後は監督に就任し、1978年に優勝を達成。その後はブラインド・ベースボールの普及に尽力。2010年7月31日に死去し、同年イタリア野球殿堂入り[2]
13 イタリアの旗 ロベルト・フォンターナ 投手・外野手 1990年にミラノでデビュー。数球団を渡り歩き、2003年にボローニャへ移籍。同年のリーグ優勝・コッパ・イタリア優勝に貢献した。
2005年にパルマへ移籍したが、2006年にボローニャに復帰。しかし同年5月19日に交通事故で死去。2015年に永久欠番となった[3]
20 イタリアの旗 アルベルト・リナルディ 遊撃手 愛称はイタリア語で「猛牛」を意味する「トロ(Toro)」。1965年にシンシナティ・レッズと契約した。
1969年から数々のチームタイトル獲得に貢献。引退後はボローニャのコーチとして活躍。
33 イタリアの旗 リカルド・マテウッチ 投手・指名打者 2003年引退。打者としては1299試合に出場し、打率.334、65本塁打、817打点を記録。
投手としては186試合に登板し、24個の完封を含む50勝(30敗)、22セーブを挙げた。2011年に永久欠番となった[3]

脚注[編集]

  1. ^ Umberto Calzolari”. Baseball Reference. 2016年10月18日閲覧。
  2. ^ Alfredo Meli”. Baseball Reference. 2016年10月18日閲覧。
  3. ^ a b MAGLIE RITIRATE”. Fortitudo Baseball 1953. 2016年10月18日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]