フォルクスワーゲン・タイプ2

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T1
ポップアップルーフを持つウエストファリアWestfalia)製キャンパー

フォルクスワーゲン・タイプ2Volkswagen Type 2 )はフォルクスワーゲンが製造する商用向けの自動車である。一般には、フォルクスワーゲン社のトランスポルターTransporter )の第1世代(T1)、第2世代(T2)、第3世代(T3)にあたる。狭義ではトランスポルターの第1世代、第2世代を指す。

当項ではトランスポルター全世代について記述を行い、T4、T5の乗用モデル(カラベル、マルチバン)貨物モデル(トランスポルター)や日本向けT4ヴァナゴン、北米向けT4ユーロバンについても触れる。また、それぞれの詳細は個別記事に記載されている。

概要[編集]

タイプ2とは「2型」の意味で、フォルクスワーゲン社での型式名称であり、ドイツ語ではテュープ ツヴァイ(Typ 2)となる。タイプ2という呼び名は、1960年代北米で広まり、現在では、主に専門家や愛好家による愛称となっている。ドイツ本国や周辺諸国においては、Bulli(ブリ:ブルドッグの意)の愛称で親しまれている。

カタログ表記(商品名)は、貨物仕様がVW Transporter(トランスポルター)、VW Delivery Van(デリバリーバン)、多人数乗用仕様はVW kleinbus(クラインブス:小型バス、英語ではマイクロバス)、座席の取り外しが可能で簡素な内装の乗用・貨物兼用のものはKombi(コンビ:コンビネーション、米国でのステーションワゴンに準ずる呼称)、後部がトラックタイプのVW Pick-up(ピックアップ)とされている。これら全体を含む名称として、英語由来のタイプ2が用いられている。日本では「ワーゲンバス」や「サンババス」、「デリバリーバン」と総称されることもある。

フォルクスワーゲンでは、T1からT5までを連続したシリーズとして扱っており、その総称にはTransporterが使用されている。T3発表時に、フォルクスワーゲン社自身が過去にさかのぼって世代区分を行った。これにより、Transporter(独トランスポルター、英トランスポーター)の第1世代、第2世代、第3世代、略してT1、T2、T3と各世代に対してネーミングを行うようになり、2003年に登場したT5でも引き続き使用されている。

早くから世界各国に輸出されており、またメキシコブラジルオーストラリア南アフリカなどでは現地生産も行われた。これらの国々では、コンビ(KombiもしくはCombi)が名称とされ、メキシコや中南米のスペイン語圏では、コンビの名が公共交通機関の小型バスを指し示す用語となるほど一般に浸透している。

1960年代後半の米国ヒッピームーブメントの時代には、当時中古で手に入れやすくなっていたT1が若者たちに愛用された。また箱型で平面的なボディは格好のキャンバスとなり、派手な色使いによるサイケデリックなペインティングにピースマークなどが描かれ、後につづくワーゲンバスのイメージの一つの原点となっている。

1995年よりフォルクスワーゲンのブランド戦略において、フォルクスワーゲン乗用車とは異なる、「フォルクスワーゲン商用車部門(Volkswagen Nutzfahrzeuge、略してVWN)」としての取り扱いとなっている。

また、ドイツのキャンピングカービルダーであるウエストファリア社が歴代のトランスポーターをベースに架装した「カリフォルニア」は世界的に有名なキャンピングカーである。

悪路走破性の高い四輪駆動車もT3からラインナップされ、T3T4ではシンクロ、T5は4モーションと呼称されている。

T4,T5のシャシはキャンピングカーやバスへの架装ベースとしても用いられている。

歴史[編集]

T1(1950-1967年)[編集]

T1 モデルバン
タイプ2の発想の元となった工場内の運搬車

1950年タイプ1(ビートル)をベースとするリアエンジン・リアドライブの汎用自動車として登場した。

このモデルが考案されたのは、タイプ1の初めての輸出となったオランダ輸出(1947年)の際の仲介業者であったオランダ人ディーラー、ベン・ポン(en:Ben Pon (senior) 1904-1968)が、ヴォルフスブルクのVW工場を視察に訪れた際の知見がきっかけとなっている。

工場内では主に部品輸送用としてタイプ1の裸シャシをベースに、リアのエンジン上にドライバーズシートを設置し、車体前方をまるまる貨物搭載スペースとした特殊なトランスポーターが工場スタッフの手で製作、使用されていた。

ベン・ポンはこのキャリアカーを見てアイデアに感心したが、そこからタイプ1のフラットなシャシ構造を活かせば、スペース効率に優れたキャブオーバー型の汎用ボディを架装できるのではないか、という着想を得た。

タイプ1のシャシは第二次世界大戦中、フォルクスワーゲンを開発したフェルディナント・ポルシェの手で軍用万能車キューベルワーゲン、軍用水陸両用車シュビムワーゲンとして軍用ボディ・駆動系に改装され戦地で用いられた実績もあり、また他方ではスポーツカーのポルシェ・356のベースにもなったように、対応可能な架装の幅が広かった。

タイプ1のシャシにフルキャブオーバータイプワンボックスバンボディを重ねた、フリーハンドのラフスケッチがポンのルーズリーフに記されたのは、1947年4月23日のことであった(このスケッチは60年以上経った21世紀でもフォルクスワーゲン社に保存されている)。

ポンは自動車販売業界でこそ当時既に約20年のキャリアを持っていたが、その素性はあくまで一輸入ディーラーであった。実際に車両を運用するユーザー側からの要望によって新機軸を採用した車両が世に生誕した例は多々有るものの、自動車エンジニアでもデザイナーでもない人物のラフスケッチ程度のアイデアから後世に残る名車が生まれた実例としては、後に「ジープ」となったアメリカ陸軍の軍用車発注仕様書(1940年7月)に添えられた、担当士官のフリーハンドになる概略図と並び、希な事例であろう。

ポンはほどなく、VWの経営責任者となっていたハインリヒ・ノルトホフに、自らの新しいアイデアを提案した。ノルトホフも、あくまで乗用車としての用途に限られるタイプ1だけの生産ではVWの発展に限界が生ずることを考慮し、ポンの提言に同意した。ノルトホフは戦前、ドイツ最大の自動車会社であったオペルの幹部であり、広い車種展開の重要性を理解していたことも判断材料となった。こうして開発されたのがタイプ2で、プロトタイプは1949年に完成した。

レイアウトはポンの基本アイデアを踏襲して具現化したもので、タイプ1のシャシをベースにしつつも、荷重に対処してシャシ各部やサスペンションなどを補強し、トーションバー・スプリングの荷重レートも上げた。後輪はロードクリアランスを高める必要性があったことと、タイプ1よりも多積載・高荷重となり低速からの力が要求されることを配慮して、キューベルワーゲンなど軍用車で用いられた実績のある、リア・ハブ内に減速ギアを組み込んだリダクション・ハブを採用している。

このシャシにスペース効率に優れた全鋼製のフル・キャブオーバー型(フォワード・コントロール型)の1BOXバンボディを架装した。全長はタイプ1と大差ないが、通常でも3列のシートを配置できる床面積を有した。しかしながら、後部背面はエンジンルームへのアクセスハッチに占拠されていたため、ラゲッジスペースへのアクセスには利用できなかった(アクセスハッチを設けたことにより、エンジンの整備性は良好だった。のちにエンジン補機類の全高低下でエンジンルームの高さを縮小した)が、側面に広いドアを配置することで、弱点を補っている。トランスミッションからロッドワイヤーを介したフロアシフトであった。

車両総重量が嵩み、背の高いバンボディとなり、そのうえギア比が低速重視となったことで、必然的に最高速度はタイプ1よりも下がり、初期形では90km/hが精一杯であった。もっとも、最高速よりも確実な走行性能が求められる商用車という用途であるために問題視されることはなく、逆にこの最高速度を保って巡航できる点はタイプ1と同じであった。乗用車であるタイプ1のメカニズムを踏襲しているために、商用車としては乗り心地にも優れていた。

エンジンはタイプ1と同様の空冷OHV水平対向4気筒エンジンを搭載した。当初は排気量1200ccで25ps(19kw)の最高出力だったが、のちに改良により40ps(25kw)まで向上しており、1962年には1500cc仕様車も追加された。ドライブトレーンはタイプ1搭載品と大部分を共通化したものの、商用車という性質により低速からねばり強い出力が要求されるため、世代交代においてはタイプ1より先んじて大出力のエンジンを搭載することが多かった。

発売されるとすぐさま、極めて丈夫で扱いやすく小型だが汎用性が高いことから、ドイツをはじめとする欧州市場で大好評となり、北米市場でも便利なミニ・トランスポーターとしてヒット作となった。この結果、フォルクスワーゲンは「乗用車のタイプ1」と「マルチパーパスカーのタイプ2」の二本立て戦略で販路を広げることが可能になり、その後の同社の隆盛に大きく寄与することになった。この販路拡大の途中、タイプ2は元来のバンタイプと小型バスタイプのほか、オープンデッキのトラックタイプ(ピックアップトラック)、救急車仕様車など多彩なバリエーションが展開された。

ドイツでの製造は1967年に終了したが、1953年から生産が行われていたブラジル法人の「フォルクスワーゲン・ド・ブラジル」では、T2が導入される1975年まで製造されていた。

日本市場[編集]

日本では1953年ヤナセが輸入を開始している。

T1やT2の前期型を中心に何度かブームが起こっており、世界中から中古車が輸入されている。T1など製造からかなりの年月がすぎておりカスタムベース車としてこなれた価格となっていたタイプ2であったが、日本でのブーム再燃により特に米国でのタイプ2中古車の価格上昇を引き起こしている[要出典]

また、運転や維持の難しさから実車を所有することが困難なために同じRRの駆動方式であるスバル・サンバーなどをベースとして車体前面をタイプ2風に改造したカスタムカーが登場し、これは日本国外のタイプ2好きにも知られるところとなっている。

特撮テレビ番組『ウルトラセブン』第8話において、メトロン星人がタバコを補充するために使用したのがこのタイプである。

T2(1967-1979年)[編集]

T2
中間型(1971年-1972年)

1967年登場。T1の北米市場での成功を受けて送り出されたT2であったが、安全基準の引き上げと、マスキー法の名で知られる世界一厳しい排ガス規制への対応、同時期に北米市場で市場規模が拡大していたトルコンATの開発など、北米市場での荒波に晒されることとなる。

プラットホームシャシリアエンジンの組み合わせなど、車両の基本構成はT1から受け継がれていたが、スタイリングは一新され、1枚になったフロントウインドシールドをはじめ、全ての窓が大型化されて乗員の視界が改善された。また、内装では、ソフトパッドと樹脂製部品の採用が拡大した。ボディーカラーも、T1までのツートンカラー主体から、単色となった。

灯火類やバンパーなどの外観の違いで、3種類に大別される。年式は西ドイツでの製造年を基準としており、モデルイヤー制を採る北米では、たとえば、'72モデルには、1971年後半製と1972年前半製が存在するなど、北米向けでは外観と年式が欧州モデルと1年ずれる(製造年より1年新くなる)場合がある。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でテロリストが乗ってマーティを追いかけ回したのがこの車である。

T2a (前期型 1968年-1971年)[編集]

1968年から1970年までは総輪ドラムブレーキ。1971年よりフロントディスクブレーキが設定され、エンジンは1.6Lで48ps(35kw)の最高出力を発揮する物となった。

フロントのターンシグナルは短形(横長)でヘッドランプの下にあり、リアコンビランプはT1同様の小判型で、バックアップランプは別体となっている。

T2中間型 (中期型 1972年)[編集]

リアコンビランプが大型化した。フロントはT2a、リアはT2b、というスタイル。

エンジンは排気量据え置きで最高出力が50ps(37kw)へ向上しているが、出荷される国によって細かいスペックが異なっている。

北米向けにタイプ4VW Type 4)の1.7Lエンジンが追加され、その他の地域でもメーカーオプションとして設定された。

T2b (後期型 1973年-1979年[編集]

フロントターンシグナルは長方形になり、位置もヘッドランプ上に移動し、ベンチレーショングリルと連続したデザインとなった。バンパーも、角断面の大型のものに変更されている。

1972年後半(1973モデルイヤー)から、タイプ4のエンジンに、「スポルトマチック」と呼ばれるオートマチックトランスミッションが追加される。場合によっては手動で切り替える必要のあるAMT仕様ではあったが、従来の車両と比べるとイージードライブが可能となった。また、3速フルオートマチックの設定も存在した。

ブラジル製「Kombi」[編集]

VWブラジルでは1953年から1975年までT1が生産され、1975年にT2の生産に切り替わった。ドイツでのT2製造は1979年に終了しているが、VWブラジルでは登場から40年以上経った2013年まで「コンビ(Kombi)」の名で引き続き生産された。貨・客兼用のスタンダード、貨物用パネルバンのフルガオ(Furgão)のラインアップとなっていた。T2aに相当するモデルは無かった。

コンビ1600 (T2b 1975年-1998年)[編集]

1975年、ブラジル製コンビも第二世代へ切り替わった。エンジンは本家と同じ1.6Lの空冷式水平対向4気筒であるが、高度な排ガス対策は行われていない。

最も豪華な内外装で纏められている「バス」、貨・客兼用の「コンビ」、貨物用の「フルガオ」、シングルキャブとダブルキャブのピックアップのラインアップが存在する。

T2bにまとめられているが、初期のものはT1のように、小ぶりの側窓とリアコーナーウインドウを持つ窓の多いタイプで、本家の西ドイツ製T2には無い独自のスタイルとなっている。

1981年にはT2に初搭載の水冷式縦置き直列4気筒ディーゼルエンジンを搭載したモデルが追加される。輸出向けのパサート用の1.5L・4気筒エンジンとトランスミッションを流用したもので、フロントの車体外部に貼り付けるかたちで新たにラジエーター電動ファンを追加するなど、空冷のT2bとはまったく機構の異なる車両となった。つや消し黒のフロントグリルとウレタンバンパーを纏ったスタイルとなっている。フロントに熱源の無い空冷エンジン車と比べ、ラジエターと室内の間には鉄板一枚があるのみであることから、渋滞や高速運転においては車内への熱気の侵入がある。このモデルは輸出をしないブラジル国内専用車であったが、1985年に生産を終えている。

1989年には高地である為に排気ガスによる光化学スモッグの被害が深刻なメキシコシティーの存在するメキシコ向けとして、安定燃焼を実現して汚染物質の排出量を低減させるべく、空冷ガソリンエンジンを廃止し、アウディ・80サンタナと共通の1.6L直列4気筒水冷ガソリンエンジンに変更したモデルの生産が始まった。一般的な水冷エンジンとなったことで、エンジンを他社製に換装する例も見られ、メキシコでは純正の水冷エンジンを修理せず、現地に工場があり部品流通も豊富な日産製エンジンに換装した車両も散見される。

コンビ 1600a (T2c 1998年-2006年)[編集]

1998年には屋根をわずかに高くしたスタイルに切り替わり、T2cとして在来車と区別されるようになる。 その前年にはブラジル国内にも水冷式のガソリンエンジン搭載車が追加された。燃料供給は従来のキャブレターに代わり、フューエルインジェクション方式となった。

コンビの空冷モデルの生産は2003年から2006年までスペインにおいて続けられ、空冷ビートルの生産が終了した後はフォルクスワーゲンの車両としては最後の空冷式エンジン搭載車となった。

コンビ 1400 (T2c 2006年 - 2013年[編集]

2006年からはブラジルでの排ガス規制の強化により、本国向けも水冷の新エンジンに切り替わった。「トータルフレックス(TotalFlex)」とフォルクスワーゲンにおいて呼称される1.4LのEA111型バイフューエルエンジンを採用し、エタノール100%でも、ガソリン100%でも、それらの混合状態でも走行可能な車両となっている。ガソリン単体では58.17kW / 122.58Nm (78 ps / 12,5kgf-m)、エタノール単体では59.66kW / 124.5Nm(80 ps / 12,7kgf-m)の最高出力を発揮する。2014年よりブラジル本国での新車生産車のエアバッグ及びABS標準装備義務付けにより、2013年末で製造終了となった。


T3(1979-1992年)[編集]

T3

1979年登場。発売以前にFF化の噂がたえなかったが、労働組合の抵抗のためにRR方式が存続されたといわれている。型式は国際仕様となったVINに準拠して25となっており(一部24)、そのためにイギリスではT25と呼ばれる。このモデルにおいて初めて、乗用仕様車に「カラベル(キャラベル船)」と愛称がつけられた。

T3は当初、空冷エンジンをベースにシリンダーヘッドのみを水冷とした部分水冷で発売され、モデルライフの途中から一般的な全水冷式エンジン車となった。日本ではヤナセが「カラベル」の名称で乗用モデルを輸入・販売していたが、1990年にフォルクスワーゲンの日本法人であるフォルクスワーゲン アウディ 日本が設立され、北米での名称である「ヴァナゴン(Vanagon)」の名で輸入・販売を開始し、ヤナセが撤退するまで両者は競合した。ヴァナゴンとはVanとWagonを合わせた合成語で、米国フォルクスワーゲン社でつけられた名前である。ドイツでの生産終了後、四輪駆動部分を担当していたオーストリアのシュタイア・ダイムラー・プフ社で、四輪駆動に加えて二輪駆動も移管して継続生産され、最終モデルは「LLE(Last Limited Edition)」として限定生産された。特殊モデルとしては、ポルシェ本社コンプリートチューニングカーとして、カレラエンジン(空冷2弁水平対向6気筒3.2L)を搭載した「Porsche・B32」が少量生産された。最高出力は、230PSを誇ったが僅か11台の生産に留まり、後継モデルが開発されなかった。発売当時は、各国の雑誌媒体の取材により、世界最速のミニバンと評価された。T4以降、RRではなく一般的なFF車となった為、最後のリアマウント式水平対向4気筒搭載車である。

T4(1990-2003年)[編集]

T4

1990年ドイツ再統一直前に発売。この年代より構造を一新して横置きFF(フロントエンジンフロントドライブ)となり、T4へモデルチェンジした。型式は70となって2型ではなくなったが、欧州では引き続き同じシリーズとして取り扱われている。フォルクスワーゲン社がT1からT4、後述のT5までを取り扱う際のシリーズ全体の呼称は、Transporter(トランスポルター)が使用されている。

前期モデルと後期モデルとに分けられ、後期モデルでは乗用タイプに2800ccVR6エンジンを搭載してフロントノーズがわずかに長くなった。このエンジンは型番は別モノであるが、同時期のメルセデス・ベンツV280と共通のエンジンである。外見ではつり目タイプのヘッドランプで区別できる。

日本ではフォルクスワーゲン アウディ 日本がT4で唯一ヴァナゴン(Vanagon)名を使用した。グレードは乗用モデルの「GL」で、トランスミッションATのみの一仕様で輸入販売したが後期型を発表せず1997年に輸入を終了した。日本ではこのタイミングでヨーロッパフォードとの共同開発車シャラン(フォードではギャラクシー)を発表し、ヴァナゴンの後継車として宣伝した。北米では、ユーロバン(EuroVan)として乗用モデルの一部およびキャンピングモデルのみが販売された。

T5(2003年-)[編集]

T5

2003年にフルモデルチェンジをおこなった。T4を引き継いだデザインとなっている。販売車種としては、貨物モデルの「トランスポルター」、一般乗用モデルは「カラベル」、上級乗用モデルは「マルチバン」、キャンピングカーの「カリフォルニア」に分かれそれぞれ異なる車種としての取り扱いである。それぞれのモデルは細かい仕様のオーダーが可能となっておりバリエーションは大変幅広い。

たとえば、トランスポルターではパネルバン仕様(カステンワーゲン)、貨物乗用共用仕様コンビ、ライトトラック仕様のプリッシェンワーゲン、多人数乗車シャトル、架装用裸シャシモデルがある。ホイールベースも複数存在し、ルーフの高さやエンジン性能まで細かい仕様が選択可能とされている。

カラベルにおいてはエンジンはガソリンがV型6気筒3200ccと直列4気筒2000cc、ディーゼルが2500ccと1900ccの直噴ターボ(TDI)で、それぞれ2つの出力で4種、全6種のバリエーションで設定されている。駆動も前輪駆動と4モーション車の設定があり、ホイールベースも3mと3.4mの二つから選択が可能。

2003年の東京モーターショーに右ハンドル・6速ATのオーストラリア仕様(マルチバン)が展示されたが、正規導入は実現していない。また2013年1月現在、北米市場にも未導入である。 2005年より 東京 渋谷区にある直輸入販売会社 ルパルナスが T5トランスポーター T5カラヴェル T5マルチバン T5カリフォルニアのディーゼルモデルを 欧州より直輸入している

ダカールラリーでは4モーションがレーストゥアレグのサポートカーとして参加している。

参考文献[編集]

  • VWトランスポーター バス/バン/ピックアップ 1950〜1979(ローレンス・メレディス著/相原俊樹訳・二玄社ISBN 4-544-04072-8

関連項目[編集]

外部リンク[編集]