フェリー・コーステン

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フェリー・コーステン
トロントでのライブにて
トロントでのライブにて
基本情報
別名 System F
出生 1973年12月4日(40歳)
出身地 オランダの旗 オランダロッテルダム
ジャンル エレクトロ
トランス
テクノ
職業 DJ
音楽プロデューサー
リミキサー
活動期間 1989 -
レーベル Positiva Records
Tsunami Records
Flashover Recordings
共同作業者 Gouryella、浜崎あゆみ
公式サイト www.ferrycorsten.com(英語)
www.avexnet.or.jp/systemf/(日本語)

フェリー・コーステンFerry Corsten1973年12月4日 - )またはSystem F(システムエフ)は、オランダロッテルダム生まれのトランスミュージックディスクジョッキーリミキサー音楽プロデューサー。トランスミュージックのひとつであるダッチトランスの創始者の一人であり、彼はしばしばDJ界の頂点に立つひとりとして取り上げられ、DJマガジンの公式投票で8位にランクインした。コーステンは週刊のラジオ番組Corsten's Countdownの司会を行っている一方で、世界中の様々な規模のイベントに参加している。

生い立ち[編集]

初期(1989-1999)[編集]

フェリー・コーステンは16歳のときに初めてCDを出して以来、数多くの変名のもとでプロデュースやリミックスを行ってきたが[1]、公式にミュージシャンとしての仕事を始めたのは彼が27歳のときだった。

ティーンエイジャーの頃、フェリーはしばしば父親の蓄音機を使ったり、初めての鍵盤楽器を買うための資金を蓄えるべく車洗いのバイトを行ったり近所の子供にリミックスしたテープを売ったりした。後に彼は友人一人とライブパフォーマンスを始め、1989年には"De Grote Prijs van Nederland"賞を始めて受賞した[2]

最終的には16歳のときに、数名の友人とともにレコードを出し、ロッテルダムにいた1990年代、自分で制作したCDのリリースを始めた。 この頃、アンダーグラウンドのハードコアテクノの一種であるガバのミュージシャンの曲をプロデュースしだしたが、プロデュースの範囲はクラブ・ミュージックやハウス・ミュージック、さらにはトランス・ミュージックまでに広がっていった。

ムーンマンの変名でリリースしたシングル"Don't Be Afraid"は初めてチャートインし、この作品をきっかけにフェリーは作曲家としてのスタートを踏み切った。 1997年、コーステンとパートナーのロバート・スミットは、オランダのダンス・ミュージックを専門に扱うレコード会社Purple Eye Entertainment b.v.の子会社としてツナミというダンス・ミュージックのレーベルを設立した。この関係によってポーラー・ステートというレコード会社の設立が可能になった。フェリー・コーステンは電気技師になるための勉強をし、技術学校でより高度な技術教育を受けた。

システムF(1999-2002)[編集]

1990年代末に人気を博しだしたことにより、 DJ Tiësto (グリエラ, Vimana), ヴィンセント・デ・ムーア(en:Vincent de Moor ,Veracocha),ロバート・スミット(Robert Smit,Starparty)といったトランス界のミュージシャンやDJたちと共演する機会が増えた。 1999年2月、 コーステンはソロプロジェクト、システムF(System F)名義でTsunamiから"Out of the Blue"までのアルバムを出した。そのアルバムにはメロディックな楽曲が含まれており、世界中のダンスフロアでヒットし、イギリスのシングルチャートではトップ20に入ったこともあり、その後にでた Robert Smitとの共同プロデュースで出されたシングル "Cry"もイギリスのチャートのトップ20に入った[3]

5月にリリースされたGouryellaによる楽曲 "Gouryella" のシングルはUK Singles Top 75で15位を記録するなど、世界中でヒットを巻き起こした。 その次に出たシングル "Walhalla"もイギリスのシングルチャートで27位を記録。 1999年、コーステンはロンドンのEricsson Muzik Awardでプロデューサー・オブ・イヤーを受賞した[4] 。 2000年9月Gouryellaから3rdシングル "Tenshi"が出て、同年にはw:William Orbitの"w:Adagio for Strings" と、U2の "New Year's Day" をリミックスした。 サミュエル・バーバーの『弦楽のためのアダージョ』のリミックス版はDancestar 2000アワードを受賞した。 Ministry of SoundプレゼンツのダンスコンピレーションシリーズTrance Nation はイギリスでもっともよく売れたダンスコンピレーションアルバムとなり、プラチナディスクを獲得するにいたった[5]

2001年、日本の歌手浜崎あゆみの楽曲のリミックスを担当。2002年にリリースしたアルバム『I am...』の収録曲「Connected」にトランス色の強いプロデュースとなり、 ドイツでは2003年にヨーロッパでシングルとしてリリースされた。

2002年には自身初のベストアルバム「Very Best Of Ferry Corsten System F」をリリース。

フェリー・コーステン(2003- )[編集]

2003年、フェリー・コーステン名義で初めて、Right of Wayというトランス /エレクトロニックアルバムがリリースされた。シングルカット曲にはPunk (UK #29) 、Rock Your Body, Rock (UK #11), It's Time (UK #51)がある。 また、 Whatever, Star Traveler & Right Of Wayからもリリースが行われた。 2004年、フェリー・コーステン名義でのアルバムリリースを記念して Heineken Musical Hallで 4,500人の観客と共に、8時間の間"Rock Your Body Rock"といったシングル曲を披露した[6] 。また、このPVはオランダの TMF Dutch MTV Awardsにノミネートされた。

2004年、日本ではシステムFの集大成として2枚目のベストアルバム "system F Gouryella Best" を2005年3月まで限定でリリース。 収録曲の中には日本のトランスアルバムCyber Tranceのリスペクトとして"Cyber F"名義の「The Midnight Sun (Vocal Version)」がある。

2005年、自身のレーベルFlashover Recordingsを立ち上げ、2ndシングル"L.E.F"をリリース。収録曲の"Fire"は、デュランデュランのメンバーSimonとのコラボ作としてシングルカットされ、ミュージックビデオはthe 2006 Trance Awardsの最優秀トランス・ミュージックビデオ部門("the best trance video category")にノミネートされた。

2013年フェリー・コーステンは小島プロダクションとプラチナゲームズのコンピュータゲーム『メタルギア ライジング リベンジェンス』のサウンドトラックに参加した[7]

アルバム[編集]

脚注[編集]

  1. ^ http://www.residentadvisor.net/dj-profile.aspx?id=3
  2. ^ De Grote Prijs van Nederland
  3. ^ Biography”. 2009年7月14日閲覧。
  4. ^ Ericson Muzik Award”. 2009年7月14日閲覧。
  5. ^ Trance Nation”. 2009年7月14日閲覧。
  6. ^ Heineken Music Hall”. 2009年7月14日閲覧。
  7. ^ サウンドトラックのビハインド・ザ・シーン METAL GEAR RISING REVENGEANCE” (2013年4月19日). 2013年10月16日閲覧。

外部リンク[編集]