フェリーチェ・フィチェレッリ

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フェリーチェ・フィチェレッリFelice Ficherelli1605年8月30日 - 1660年5月5日)はサン・ジミニャーノに生まれ、主にトスカーナで活動したバロック期のイタリア人画家である。彼の早期のパトロンは Conte Bardi で、彼をフローレンスへと移転させ、ヤコポ・ダ・エンポリ(en:Jacopo da Empoli)の元で学ばせた。このエンポリの影響というのは大きく、多くの作品でそれを垣間見ることができる。

聖プラクセディス[編集]

フェリーチェ・フィチェレッリの聖プラクセディス。
フェルメールが描いたとされる聖プラクセディス。胸元の十字架の有無など2作品にはわずかな違いがある。

当初はフィチェレッリの作品とされていた『聖プラクセディス』だが、17世紀オランダを代表するバロック期の画家である、ヨハネス・フェルメールサインとみられるものが記されていることから、イギリス人美術史家のマイケル・キットソン(en:Michael Kitson)がこの作品をフィチェレッリの『聖プラクセディス』の模写であるとしてフェルメールによる真作の可能性を示唆してから、議論が交わされている。結論には未だに至っておらず、現在、この作品が展示されている国立西洋美術館の表示も、あくまで「フェルメールに帰属する」と記されるに留まっている。