フェオドラ・ユーリエヴナ

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フェオドラ・ユーリエヴナロシア語: Феодора Юрьевна1229年9月21日 - 1238年2月7日)はウラジーミル大公ユーリーアガフィヤチェルニゴフ公フセヴォロドの娘)との間の子である。

フェオドラはユーリーの子のうち、最も年少の子である。1238年モンゴル帝国軍の侵攻最中のウラジーミル包囲戦(ru)においてウラジーミルは陥落し、フェオドラは母らと同じく殺害された。その死に関しては、ウラジーミルの生神女就寝大聖堂において焼死したとするもの、捕虜となりバトゥの本陣で責め殺されたとするものがある。

参考文献[編集]