フィリピン空軍

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フィリピン空軍(フィリピンくうぐん、英語: Philippine Air Force, PhAFタガログ語: Hukbong Panghimpapawid ng Pilipinas)は、フィリピン空軍

概要[編集]

フィリピン軍の航空部隊は、独立準備中のコモンウェルスの時代に、フィリピン陸軍の一部であるフィリピン陸軍航空軍(Philippine Army Air Corps, PAAC)として誕生した。マニラ近郊に作られた飛行場で練習機3機から始まり、1940年には航空機約40機と搭乗員約100名の規模になっていた。搭乗員は、軽爆撃などの訓練を受けていた。しかし、太平洋戦争が始まると、フィリピンの戦いにおいて日米双方の戦火により、設立準備中であった設備や機体などを失ったが、その後の日本軍による軍政時代は、ソロモン諸島など決戦の地となる南方方面に出撃する空母機動艦隊など、それまでフィリピン民衆のほとんどが見た事もない次元の海軍航空隊を目撃し、アメリカ軍が逆襲した時期においても、上空での激しい航空戦を目撃した事で、日米問わず戦闘機パイロットそのものに憧れる素朴な地方島民も多かったといわれている。

現在のフィリピン空軍は、太平洋戦争後の1947年7月1日に設立された。1950年代から1960年代にかけて、P-51戦闘機やF-86D/F戦闘機を保有していた。その後、フィリピン経済の停滞と共産ゲリラ勢力の鎮圧に重点が置かれたことにより、装備の更新は滞るようになった。2005年10月には、最後のF-5A/B戦闘機が老朽化により退役し、その後戦闘機は現在に至るも保有していない。2013年の報道では、「稼働ジェット機が4機」と表現されたこともあるが、このような国防を軽視した軍事的空白が、現在の南シナ海における中国人民解放軍の侵略行為を招いた一因であると指摘されている。そもそも米軍の撤退にはフィリピン国内に潜伏する共産主義ゲリラ勢力が関係しており、同様に共産主義勢力が暗躍する沖縄県の反基地運動との類似性が高い為、日本は南西諸島防衛において、フィリピンの失敗を反面教師にすべきだとの声もある。[1]

南沙諸島問題を通じた中国の影響力増大を受け、領域警備の必要性を感じたフィリピン政府では、2011年12月21日、アメリカとの間で中古のF-16 12機~24機程度の譲渡の可否について協議した。[2]この導入が実現すれば、フィリピン空軍の防空能力は飛躍的に向上することとなるが、一方で、現状の予算や練度の点に問題があることから、仮に第四世代戦闘機を導入しても十分に運用できないことも予想されたため、アキノ大統領の政治判断によりF-16導入の計画は白紙となった。[3]

2012年、攻撃機としても使用可能な練習機であるT-50(F/A-50)もしくはM-346を、計12機調達する計画が発足し、T-50を売り込もうとしている韓国との交渉が進んだ[4]。韓国との交渉の結果、運用法次第では平時の領空警備やゲリラ対処も可能な超音速性能を有すること、アメリカを代表する軍事企業であるロッキードマーティン社が設計を行った航空機であること、そして韓国側が提示した価格面での安さを選定理由として、T-50(F/A-50)を2014年頃に調達することが決定した[5]。また、陸海空軍が統合運用システムの下で運用する航空機として、エンブラエル EMB-314型COIN機、攻撃ヘリコプター、輸送機の導入も行われる。

保有機材[編集]

フィリピン空軍のOV-10

基地の一覧[編集]

クラーク空軍基地1989年当時。米軍撤退後は一部が経済特区になるなど規模が縮小されている。)

出典[編集]

  1. ^ “【軍事】 フィリピン空軍が韓国からジェット戦闘機 12機を購入”. フィリピン・インサイド・ニュース (フィリピン・インサイド・ニュース). (2013年10月22日). http://www.ph-inside.com/news/board.php?board=news01&command=body&no=302 2013年11月16日閲覧。 
  2. ^ http://www.huffingtonpost.com/huff-wires/20111221/as-philippines-us/
  3. ^ http://www.ph-inside.com/news/board.php?board=news01&command=body&no=237
  4. ^ 「平成24年版 防衛白書」
  5. ^ 「世界の艦船 2012年12月号」

外部リンク[編集]