フィリピン独立法

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フィリピン独立法(フィリピンどくりつほう)は、1934年3月24日アメリカ議会において成立した法律。別名、タイディングス・マクダフィー法

法律の中身は10年後の7月4日にフィリピンを独立させるというもので1935年11月に独立準備政府(フィリピン・コモンウェルス)が発足し、マニュエル・ケソンが大統領に就任した。

しかし、1941年太平洋戦争が勃発。1942年マニラが占領され、ケソンはアメリカに亡命した。翌1943年日本が大東亜会議で傀儡政権「フィリピン第二共和国」を樹立し10月14日に独立を宣言した。1945年の日本敗戦に伴い、独立を失いアメリカの植民地に戻ることを余儀なくされることとなったが、1946年マニラ条約英語版で、フィリピン・コモンウェルスの組織を引き継ぎ、戦前から約束されていたフィリピン第三共和国英語版が再独立した。戦後再びアメリカから独立が実現したのは、1946年7月4日のことである。

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