フィッティパルディ・F8

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
フィッティパルディ・F8
Fittipaldi F8 Rosberg vl EMS.jpg
カテゴリー F1
コンストラクター ブラジルの旗 フィッティパルディ・オートモーティブ
デザイナー ハーベイ・ポスルスウェイト
エイドリアン・ニューウェイ
先代 フィッティパルディ・F7
後継 フィッティパルディ・F9
主要諸元
シャシー アルミニウムモノコック.
エンジン フォード-コスワース DFV 90° V8,
トランスミッション ヒューランド FGA400 5速 MT
重量 586kg
燃料 バルボリン
タイヤ グッドイヤー
エイヴォン
ミシュラン
ピレリ
主要成績
チーム フィッティパルディ・オートモーティブ
ドライバー 1980
20. エマーソン・フィッティパルディ
21. ケケ・ロズベルグ
1981.
20. ケケ・ロズベルグ
21. チコ・セラ
1982.
20. チコ・セラ
初戦 1980年イギリスグランプリ
出走
回数
優勝
回数
ポール
ポジション
ファステスト
ラップ
22 0 0 0
テンプレートを表示

フィッティパルディ・F8 (Fittipaldi F8) は、ハーベイ・ポスルスウェイトエイドリアン・ニューウェイによって設計したフォーミュラ1カーで、1980年西ドイツグランプリから1982年イギリスグランプリまでフィッティパルディチームによって使用された。

F8[編集]

シーズン当初は前年まで参戦していたウォルター・ウルフ・レーシングのマシン・ウルフWR9の改良型F7を使用し、エマーソン・フィッティパルディが第4戦西アメリカグランプリケケ・ロズベルグが開幕戦アルゼンチングランプリで3位表彰台を獲得するが、第9戦西ドイツグランプリにて新車F8を投入してからはすでに勢いが下降しており、第12戦イタリアグランプリでロズベルグの5位入賞以外目立った成績を残せなかった。

F8C[編集]

エマーソンが前年をもって引退、AmBev社が撤退した為、メインスポンサーの無い状態に陥る。マシンはゲイリー・トーマスによる改良を施したF8Cを使用。ドライバーはロズベルグと新人のチコ・セラを起用し、序盤戦は中団グリッドに位置につく善戦を見せるものの、徐々に低迷し、終盤戦になると予選通過もままならない状況になり、結局両者共に入賞なしに終わる。

F8D[編集]

82年シーズンからセラの1カー体制で参戦し、前年型の改良型・F8Dを使用。タイヤはグッドイヤーからピレリに変更。序盤のベルギーグランプリで幸運な6位入賞を獲得するが、それ以外は後方に埋もれ、第11戦フランスグランプリから新車F9を投入するも向上せず、シーズン終了後にチームはF1から撤退することとなった。

スペック[編集]

シャーシ[編集]

エンジン[編集]

  • エンジン名 フォードDFV
  • 気筒数・角度 V型8気筒・90度
  • 排気量 2,993cc
  • 最大出力 510馬力

記録[編集]

1980年(前年型・フィッティパルディ・F7の成績を含む。)

  • コンストラクターズランキング9位。
  • ドライバーズランキング15位:エマーソン・フィッティパルディ(予選最高位12位1回 決勝最高位3位1回)
  • ドライバーズランキング10位:ケケ・ロズベルグ(予選最高位6位1回 決勝最高位3位1回)

1981年

  • コンストラクターズランキング-位。
  • ドライバーズランキング-位:ケケ・ロズベルグ(予選最高位8位1回 決勝最高位9位1回)
  • ドライバーズランキング-位:チコ・セラ(予選最高位18位1回 決勝最高位7位1回)

1982年(後継型・フィッティパルディ・F9の成績を含む。)

  • コンストラクターズランキング14位。
  • ドライバーズランキング24位:チコ・セラ(予選最高位19位1回 決勝最高位6位1回)