コンテンツにスキップ

フィエラブラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
バニョン翻案、散文体『フィエラブラ』(リヨン、1497年版)

フィエラブラ[2]またはフィエラブラス[7][注 1]Fierabras)は『フィエラブラ(の歌)』をはじめとする武勲詩やその翻訳作品などに登場するイスラムの戦士。

フィエラブラは。たびたび巨人という設定になっていることもある。名前はフランス語の「Fier-a-bras」(武装していることが誇り、Proud-on-arms)に由来する。

『フィエラブラの歌』では、サラセン王バランとその息子フィエラブラが、ローマのキリスト受難の聖遺物を奪ったのをフランス勢が奪還しようとするのが主題で[8]十二勇士オリヴィエと対決するが、最終的にはキリスト教に改宗し、シャルルマーニュに仕えることになる。

概要

[編集]

フィエラブラがもっとも古く登場する作品は、12世紀に成立したフランスの武勲詩『フィエラブラ(の歌)』(1170年頃)である。この武勲詩は類韻を踏む節の集まりで構成されており、おおよそ6200のアレクサンドランから成り立っている。だいたいのあらすじは、以下の通り。

サラセンの王バランと、その息子で15フィートの身長を持つフィエラブラはローマのサン・ピエトロ大聖堂で略奪をし、キリストの聖遺物([茨の]冠、聖釘、書付け)をスペインに持ち帰っていた。シャルルマーニュは聖遺物を取り返すためにスペインへ侵攻し、十二勇士のオリヴィエを派遣し、フィエラブラと戦わせることにした[9][8]。フィエラブラは、もし敗北するようなことがあるならキリスト教へ改宗し[注 2]、シャルルマーニュ軍へ参加することを決意するが、結局オリヴィエと幾人かの騎士は捕虜となってしまう。フィエラブラの姉妹のフロリパ(Floripas)はギィ・ド・ブルゴーニュ(教皇カリストゥス2世のこと)に恋をしてしまう。その後、いくつかの戦いの後、シャルルマーニュはバラン王を殺し、スペインを分割しフィエラブラと、フロリパと結婚していたギィ・ド・ブルゴーニュに与え、聖遺物とともにサン=ドニ大聖堂へ帰還するのだった。

アイテム考証

[編集]

名剣九本

[編集]

フィエラブラが使用する三振りの剣は、バプテーム(Baptesme、「洗礼」)、プロランス(Plorance)、ガルバン(Garbain)といい、オーリサ[ス][仮カナ表記](Aurisas[注 3]という鍛冶師が鍛えたものとされる(648–9行) [14]。ところがじつは対決相手のオリヴィエの得物をはじめ、フランス勢の主たる武器も、その鍛冶師の兄弟が打ったとされている[注 4]。鍛冶師ミュニフィカン(Munificans)は、デュランダル、ミュサギーヌ[仮カナ表記](Musaguine)、コルタンを、名匠ガラン(Galans、英語でいうウェイランドのこと)は、ルノー・ド・モントーバンの剣フロベルジュFloberge)、オリヴィエの剣オートクレール、シャルル大帝の剣ジョワユーズをこしらえた(638–59行)[15] [13]

武勲詩『メネフランス語版』(若きシャルルマーニュの武勲詩)では鍛冶師の名はオーリファ[ス](Haurifas)とみえる[16]

治癒の香油

[編集]

武勲詩『フィエラブラの歌』によれば、フィエラブラとバラン王はローマからキリストの死体の防腐処理に使われた2樽の香油(現代語:baume[17]、原文:basme)をローマ帝国エルサレム[注 5][18])で略奪したという。この香油には奇跡の力が込められており、飲んだ者の傷でもたちまち癒す効果があった(525–530行[19][17])。『ドン・キホーテ』ではたびたびこの香油について触れられており[20]、10章では、騎士ドン・キホーテが従者のサンチョ・パンサに対し、かの香油の調合を知っている、とうそぶくシーンがある。また、17章ではドン・キホーテはサンチョに対し、その材料は油、ワイン、塩、それからローズマリー[注 6]であると説明している[21]。ドン・キホーテはそれを作り、呑むのだが吐き戻し、また大汗をかくが、寝て起きればすっかり癒されている。だが、同じ薬を飲んだサンチョは嘔吐と下痢に襲われ、死ぬ思いをしている。これに対し、ドン・キホーテは、「この薬は真の騎士にしか効果がないのだ」とわけの分からない説明をするのであった。

稿本

[編集]

『フィエラブラ(の歌)』の稿本には[22][23][24]

などがある。エミール・ハウスクネヒトが把握していたのは7つのフランス語写本だが、現代資料では9-12写本(行方の不確かなものも含め)を列挙する[22]

翻案

[編集]

この物語は13世紀にプロヴァンス語に翻訳された[27][28]。14世紀にイタリア語版に翻訳された。中英詩版も14世紀までには詩文体で3種類作られた。14~15世紀になると物語は韻文から各国語での散文形式で語られるようになり、それらの初期版本(インキュナブラ)が各地で出版された。それぞれ詳細は以下に述べる。

3種類の中英詩は[29][30][注 7]、まず『フェルンブラスwikidata[注 8]がある[9]。底本はアシュモレアン33写本(1380–1400年)で、これがユニークな写本の作品としてテキストが『Sir Ferumbras』(1879年)の題名で発表されたが[32][注 9];ただし、これはあくまでこの現代版本で与えられた題名であり、じっさいの文中には "Fyrumbras"もしくは"Firumbras"の綴りがみえる[33]。欠損本で、冒頭と末尾を欠いている[33]。フランス語原作に忠実な訳出との評もあるが、おそらく聖職者がことと、依頼主(読者)の趣を反映して、宗教にかかわる部分が増補されていたり、「騎士道の華」という文句が繰り返されるなどの変化がみられる[34]。前半は7 詩脚から、後半は尾韻英語版6行連にきりかわる[35]

2種目は断片版『Firumbras』(Fillingham Firumbras、旧フィリンガム写本、現大英図書館蔵 Add. 37492写本[30])で[36][注 10] 、こちらも比較できるかぎりかなり忠実な翻訳とされるが、前部のかなりの部分、およそ半分の量が欠損しており[注 11][37]。こちらは原作のアレクサンドラン律をなるべく保つように訳されている[35]

第3種の中英詩翻案は『バビロンのサルタンwikidata[注 12](原題”Sowdone of Babylone[38][注 13]である。英国において古フランス語で製作されたイガートン写本では、『ローマの破壊』・『フィエラブラ』二連作よろしく、『バビロンのサルタン』には前章(プロローグ)が書き加えられており、そもそもローマ人は罪深く(以前も帝国は異教徒に滅ぼされた)、サルタン側の商人から盗みを働いたせいで、サルタンからローマの侵攻を受け、略奪の限りを尽くされたことになっている[29]。ここではサルタンとは、バビロン(エジプトのカイロ)の王(スルターン)のことで、スペインにはたまたま滞在していることになっており[29]、原作でバランがスペインの異教徒王なのとは違う設定になっている。

イタリアへの伝搬はスペイン(後述)よりもいささか早かったようである。詩文体、全13歌章(カント)からなる『フィエラブラッチョとウリヴィエーリの歌物語[40][注 14](原題:El cantare di Fierabraccia et Ulivieri[42][注 15])は15世紀末に成立した[9]

バニョン(Jehan Bagnyon)のフランス語散文訳による翻案『巨人フィエラブラス』(初版ジュネーヴ、1478年)は[注 16]、じつは残存する冊本のが欠損しており、正式題名が不明であるが、締めくくりに『巨人フィエラブラのロマンス』という作品名らしき言及があるのが[注 17]便宜用題名に使われているMandach (1987), p. 149[44]1486年1497年リヨン版に長文の題名『シャルル大王のスペイン征服および十二臣将の義勇、そしてフィエラブラについて)』[仮訳題名]がつけられ[注 18][45]、以降そのような題名での重版になった[44][46]。近年のケラー編本(1992年)は、より簡素な『(ときにフィエラブラのロマンスとも呼ばれし)シャルルマーニュ物語』[仮訳題名]のような現代題名をつけている[注 19]

このバニョン散文版からウィリアム・キャクストンが散文英訳『シャルル大帝[注 20]/『シャルル大王伝[注 21][注 22](原題:The Hystory and Lyf of the Noble and Chrysten Prynce Charles the Grete[49]1485年)を出版しており[44]、その後ニコラス・デ・ピエモンテ(Nicola of Piamonte)によるスペイン訳『カルロマグノの騎士道史[50](原題:Historia del emperador Carlomagno y de los doce pares de Franciaセヴィリア刊、1521年[注 23])が出ている[52]

ドイツ語への翻案作品は1533年に刊行されている[53][9][注 24]カール・ヨーゼフ・ジムロック編本が1849年に出されている[注 25]

ドイツ民衆本(フォルクスブッフドイツ語版)からは、アイスランド語で『Ferakuts saga』が訳出されている[54][注 26]

時代考証

[編集]

物語は、536–7年、846年、1081–4年に起きたローマ略奪英語版}を基にしている[55]。また、評論家によれば、サン=ドニ大聖堂の聖遺物(聖釘と茨の冠)を宣伝する目的で作られた面もあるという[3]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ただし「腕」の意のbrasの現代発音は「ブラ」であり「ブラス」ではない。
  2. ここまでの大まかなまとめは、中英詩版の内容と一致する。『講座英米文学史I』所収、松浪有「中世英文学」[10]、あるいはこれを引用した竹中論文を参照[11]
  3. A本(クレーバーらがいうa本)では"Hanisars"という鍛冶師名[12][13]
  4. 三兄弟で、つごう9振りの名剣(647行)、と作中にも記される。
  5. フランス語原文では、少し前の箇所でフィエラブラが「ローマ」(すなわち東ローマ帝国)のエルサレム(すなわち聖墳墓教会)でキリストの石棺を開けた等としている(373–381行)。
  6. 旧訳では迷迭香(まんねんろう)等をあてる。
  7. エミール・ハウスクネヒト(1881年)が把握していた限りでは、自分が編集した『バビロンのサルタン』とアシュモレアン写本版『サー・ファランブラス』の2種であったHausknecht ed. (1881), p. xvi。
  8. 英語学者松浪有は『フェルンブラス』[10]、松浪を引用した竹中の解説中でも人物をフェルンブラスとする[11]。英文学者村岡勇は『サー・ファランブラス』[31]
  9. Mandach (1987), nº13。Moisan (1986)事典の Fi8
  10. Mandach (1987), p. 185, nº123; Moisan (1986)事典のF13。
  11. フランス語版にある、オリヴィエとフィエラブラの決闘と後者の改宗などの3068行が、こちらには欠けている。
  12. 松浪有は『バビロンのサルタン』[10]、これを引いた竹中の論文でも『バビロンのサルタンのロマンス』、村岡勇は『バビロンのソウドーン』[31]。なお、中英詩と無関連の言及では「バビロンのスルタン」が一般的
  13. Mandach (1987), p. 169, nº11。Moisan (1986)事典の Fi6
  14. 厨川文夫 (1952)による和訳題名。ただし原題を『Charles the Grete』としており、Lyfe of を欠く[41]
  15. Moisan (1986)事典の Fi9
  16. フランス文学者二宮敬の解説に"『巨人フィエラブラス』(一四七八)"という題名表記がみえる[43]
  17. エクスプリキット英語版に"Cy finist le Rommant de Fierabras le geant(「巨人フィエラブラのロマンス」ここに終わる) "の文句。
  18. 原題:La Conqueste du grand roy Charlemagne des Espagnes et les vaillances des douze pairs de France, et aussi celles de Fierabras
  19. L'Histoire de Charlemagne: parfois dite Roman de Fierabras.[47]
  20. 厨川文夫 (1952)による和訳題名。ただし原題を『Charles the Grete』としており、Lyfe of を欠く[41]
  21. 小林宏行 (1967)論文で確認、ただし英語題名は『The Life of Charles the Great』と現代スペルになっている[48]
  22. Mandach (1987), p. 184, nº111; Moisan (1986)事典の F7。
  23. 旧史料では1528年より以前の刊行とされる[51]
  24. Mandach (1987), p. 178, nº71; Moisan (1986)事典のFi7。
  25. Simrock, Karl ed. (1849) Eine schöne kurzweilige historie von einem riesen Fierabras genannt und welche kämpfe Kaiser Karl und seine helden mit den heiden stritten Frankfurt am Main: H. L. Brönner apud Mandach (1987), pp. 184–185, nº114。再版 Christian Winter, 1880年?
  26. Hjorth, Poul Lindegård ed. (1960); Moisan (1986)事典のFi10。

出典

[編集]
  1. ピエール=イヴ・バデル 著、原野昇 訳『フランス中世の文学生活』白水社、1993年5月、186?頁。NDLJP:13468033: "(『アスプロモン』『フィエラブラ』)、ブルターニュ(『アカン』)、サクソン(『サクソン人の歌』)"
  2. 中世フランス文学研究者原野昇[1]ほか、一般的なフランス語カナ表記。
  3. 1 2 ジャン・ピェール・バイヤール 著、田辺貞之助 訳『伝説の歴史』白水社〈文庫クセジュ〉、1958年、76?, 132頁。NDLJP:9580486: "「フィエラブラスの歌」はサン·ドニの僧院でつくられたもの"、 "武勲詩「フィエラブラス」"
  4. V・L・ソーニェ 著、二宮敬; 山崎庸一郎; 荒木昭太郎 訳「二 最後の押韻派詩人たち」『十六世紀フランス文学』白水社〈文庫クセジュ〉、1958年、42頁。NDLJP:1696242
  5. 渡辺一夫『ラブレー雑考 下巻』筑摩書房〈著作集 2 〉、1970年、272?頁。NDLJP:12576761
  6. フランソワ・ラブレー 著、渡辺一夫 訳「第三十章 切られ首のエピステモンがパニュルジュによつて巧みにもとの體にしてもらつたこと、ならびに惡魔や地獄墮ちの人々の話」『ガルガンチュワとパンタグリュエル 第2之書 (パンタグリュエル物語)』白水社、1947年、306頁。NDLJP:1694128
  7. 語尾に「ス」をつけた表記は、フランス文学者の田辺貞之助バイヤールフランス語版 著『伝説の歴史』(1958年)や[3]同年同文庫の二宮敬ほか訳 V・L・ソーニェフランス語版著書[4]で確認できた表記。また、渡辺一夫もこの表記だが[5]、同氏の『パンタグリュエル』訳にフィエラブラス(キャラクター人物)の言及がある[6]
  8. 1 2 鷲田哲夫『世界の英雄伝説』 5巻、筑摩書房、1990年3月、208?頁。NDLJP:12446021
  9. 1 2 3 4 Kroeber & Servois edd. (1860), p. xix.
  10. 1 2 3 松浪有 著「中世英文学」、加納秀夫 編『講座英米文学史』 1巻、大修館書店、1977年10月、202頁。NDLJP:1665740
  11. 1 2 竹中暉雄「エミール・ハウスクネヒト--日本滞在の以前と以後」『桃山学院大学人文科学研究』通号 2、桃山学院大学総合研究所、1989年3月、7–8頁。
  12. Kroeber & Servois edd. (1860), p. 192.
  13. 1 2 Depping, Georges-Bernard Elizabeth Kinnear訳 (1847). Wayland Smith: A Dissertation on a Tradition of the Middle Ages. William Pickering. p. liii
  14. Kroeber & Servois edd. (1860), p. 21.
  15. Kroeber & Servois edd. (1860), pp. 20–21.
  16. Langlois (1904), Table des noms s.v. "Haurifas "forgeron d'épées Mainet IV 29; Aurisas Fi 20; Hanisars Fi 192".
  17. 1 2 Kroeber & Servois edd. (1860), pp. xxvi–xxvii.
  18. Caxton & Herrtage ed. (1881), p. 56: "flagons.. full of the bawme that I conquered in Iherusalem"
  19. Kroeber & Servois edd. (1860), p. 17.
  20. 1 2 ミゲル・デ・セルバンテス 著、進藤遠 訳『ドン・キホーテ 第1篇』 1巻、思索社、1949年、467頁。NDLJP:1705283
  21. ミゲル・デ・セルバンテス 著、片上伸 訳『page=119 ドン・キホーテ』新潮社〈世界文学全集 第4巻〉、1927年。NDLJP:1705283。「效驗(ききめ)のある香油を造るによつて、少しばかりの油と酒と鹽とそれから迷迭香(まんねんこう)〔ママ〕」
  22. 1 2 Chanson de Fierabras @ Arlima
  23. Kroeber & Servois edd. (1860), p. 189.
  24. Hausknecht ed. (1881), p. xvも参照。
  25. Marinoni ed. (1979), p. x.
  26. Le Person ed. (2003), pp. 65, 194.
  27. Bekker ed. (1826).
  28. Hausknecht ed., 1881 & ixx.
  29. 1 2 3 Hardman, Phillipa (2023). “21. Fictions of Cristendom and Other Late Romances”. In Boffey, Julia; Stockwell, Anthony; Edwards, Garfield. The Oxford History of Poetry in English: Volume 3. Medieval Poetry: 1400-1500. Oxford University Press. pp. 358–359, n19. ISBN 9780198839682
  30. 1 2 Coldiron, A. E. B. [英語版] (2000). “Francophone Arab and Maghrebian Writers in English Translation”. In Classe, Olive; Zink (eds.). Encyclopedia of Literary Translation Into English: A-L. London: Fitzroy Dearborn. p. 470. ISBN 1-884964-36-2.
  31. 1 2 村岡勇『英文学試論集 : 形而上詩とペナントと漱石』 2巻、英宝社、199年3月、334?頁。NDLJP:13606817
  32. Herrtage ed. (1879).
  33. 1 2 Hardman, Phillipa; Ailes, Marianne (2017). The Legend of Charlemagne in Medieval England: The Matter of France in Middle English and Anglo-Norman Literature. London: Boydell & Brewer. p. 183, n53. ISBN 9781843844723
  34. Hardman & Ailes (2017), pp. 185–186.
  35. 1 2 Hardman & Ailes (2017), p. 89.
  36. O'Sullivan ed. (1935).
  37. Hardman & Ailes (2017), pp. 287–288.
  38. Hausknecht ed. (1881).
  39. ベネデット・クローチェ 著、阿部史郎; 米山喜晟 訳『イタリアとスペイン : ルネッサンスにおける文化史的考察』恒星社厚生閣、1972年、18?頁。NDLJP:12184186
  40. 阿部史郎・米山喜晟共訳、ベネデット・クローチェ著書による表記[39]
  41. 1 2 厨川文夫「中世英文学 第五節 十五世紀の英文學」『英語・英米文学講座:英米文学史』 2巻、河出書房、1952年、42頁。NDLJP:1665740
  42. Stengel ed. (1881).
  43. 二宮敬編「解説」、p. 565付録、フランソワ・ラブレー 著、渡辺一夫 訳「ガルガンチュワとパンタグリュエル物語」『河出世界文学大系 5 (ラブレー)』河出書房新社、1980年。NDLJP:124456431965年版の復刻
  44. 1 2 3 Bagnyon & Keller ed. (1992), p. viii.
  45. Bagnyon & Keller ed. (1992), p. viiiによればリヨンの1497年をはじめとするが、
  46. Le Person ed. (2003), pp. 20, 218–221.
  47. Bagnyon & Keller ed. (1992).
  48. 小林宏行「Caxtonについて」『英文学論集』通号 2、関西大学英文学会、1967年3月、14頁。
  49. Caxton & Herrtage ed. (1881).
  50. 進藤遠訳(1949)『ドン・キホーテ』による表記[20]
  51. Kroeber & Servois edd. (1860), p. xvii.
  52. Le Person ed. (2003), pp. 17–19.
  53. Jean II de Palatinat-Simmern (1533). Fierabras. Eyn schœne kurtzweilige Histori von eym mæchtigen Riesen auss Hispanien Fierrabras gnant. Jheronimus Rodler
  54. Seelow, Hubert (1985), “56. Karlamagnús saga, Karl Magnus’ krønike und das Volksbuch Fierabras”, in Louis-Jensen, Jonna; Sanders, Christopher; Springborg, Peter, Proceedings of the International Saga Conference, 6, Copenhagen: Det arnamagnæanske Institut, p. 924
  55. Hardman & Ailes (2017), p. 307.

参照文献

[編集]
(一次資料 - フランス武勲詩)
(プロヴァンス語)
(中英詩)
(イタリア詩)
(散文体)
(英文散文体)
(その他翻案)
(二次資料)

外部リンク

[編集]