ファン・フェルナンド・シルヴェッティ・アドルノ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はシルヴェッティ第二姓(母方の)はアドルノです。

ファン・フェルナンド・シルヴェッティ・アドルノJuan Fernando Silvetti Adorno1944年3月27日 - 2003年7月5日):(一般的にはベブ・シルヴェッティ(Bebu Silvetti)あるいは単にシルヴェッティ(Silvetti)として知られている)はアルゼンチン出身のピアニスト作曲家指揮者編曲者、及びレコード・プロデューサー1977年に"Lluvia De Primavera"(英語名は"Spring Rain")が大ヒットし、ラテンならびに国際音楽の演出でも成功を収めた事が評価され、グラミー賞を受賞した。女優のアンナ・シルヴェッティは娘。

人物[編集]

出生~青年時代[編集]

シルヴェッティは1944年3月27日アルゼンチンブエノスアイレスから約17km離れたキルメスで生まれた。6歳でピアノを学び、十代にしてジャズ等のバンドを結成。21歳にしてアルゼンチンを離れ、スペインで最も有名なジャズクラブでピアニストとして数年勤めた。

アーティストとして[編集]

1970年代初頭にメキシコで作曲活動を始める。スペインに渡ったのちに、"Spring Rain"をはじめ、多くのヒット作を相次いで世に出した。1970年代後半には再びメキシコに戻り、各アーティストに楽曲を提供する。その後、ロサンゼルスカリフォルニアでの短期間の仕事の後、マイアミへ移住。ラテン系の音楽を中心に多くのアーティストに提供した。

長年にわたり多くの業績を残した事で、2003年のラテン・グラミー賞に選出される。一昨年前の2001年にはラテン音楽のプロデューサーとしてビルボードの年間トップに輝いており、翌2002年にはビルボードプロデューサー賞を受賞していた。

死去[編集]

2003年7月5日に肺がんに伴う合併症から来る呼吸不全により、フロリダ州コーラルゲーブルズの自宅にて死去。59歳没。生涯に600曲以上の楽曲、200以上ものTVやラジオのCM、多数の映画やテレビのサウンドトラックを提供した。

代表曲「Spring Rain」[編集]

  • DJ YOSHITAKAはアーケードゲーム「beatmania IIDX 13 DistorteD」において、本作品のリミックス:"SPRING RAIN (LLUVIA DE PRIMAVERA)"を提供している(なお、アーケード版では本作限りで削除されたが、CS版には収録されている)。
  • ネガティブランドのアルバム「ヘルター・スタピッド」のトラックにも本作品がサンプリングされている(1984年発売のゲーム「Jackpot」のテーマソング"The Love Experts"として収録されている)。
  • 電気グルーヴの楽曲「Shangri-La」は、本曲をサンプリングしており、後に権利関係の解決のため、作曲者にシルヴェッティの名もクレジットされることとなった。後に幾つかのアーティストがカバー曲を出している。

ディスコグラフィー[編集]

  1. Select discography[edit]World Without Words (as Silvetti) (1976)
  2. The Sensuous Sound of Silvetti: Spring Rain (as Silvetti) (1977)
  3. Concert From The Stars (as Silvetti) (1978)
  4. I Love You (as Silvetti) (1980)
  5. Lluvia De Primavera(as Bebu Silvetti) (1994)
  6. Intimos (Armando Manzanero and Bebu Silvetti) (2003)
  7. Boleros Eternos (Carlos Greco and Bebu Silvetti) (2006)

関連項目[編集]