ファルマーン

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ムガル帝国の皇帝シャー・アーラム2世のファルマーン(1766年

ファルマーンペルシア語:فرمان, Farmân)とは、イスラーム王朝における勅令や命令、およびその書類である勅書や勅状を意味するペルシア語トルコ方面では、フィルマーン(firmân)あるいはフェルマーン(fermân)とも呼ばれる[1]

おもにトルコのオスマン帝国インドムガル帝国イランカージャール朝パフレヴィー朝などにおいて、シャーあるいはスルターンないしその代行者が発していた。

18世紀、ムガル帝国の広大な領土が分裂状態となり、各地に地方政権が樹立された際には、それらの正当性が帝国からのファルマーンで証明されることもあった。

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出典・脚注[編集]

関連項目[編集]