ファラリスの雄牛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ファラリスのためにつくった雄牛にいれられるペリロス
ファラリスの雄牛

ファラリスの雄牛(ファラリスのおうし)とは、古代ギリシアで設計されたという、処刑のための装置である。

シチリアアグリジェント僭主であったファラリス英語版は、目新しい死刑方法をとりいれたいと思っていた[1]アテナイ真鍮鋳物師であったペリロスが、それにこたえてこの装置を考案し、ファラリスに献上した。

真鍮で鋳造された、中が空洞の雄牛の像であり、胴体には人間を中に入れるための扉がついている。有罪となったものは、雄牛の中に閉じ込められ、牛の腹の下で火が焚かれる。真鍮は黄金色になるまで熱せられ、中の人間を炙り殺す。

雄牛の頭部は複雑な筒と栓からなっており、苦悶する犠牲者の叫び声が、仕掛けを通して本物の牛のうなり声のような音へと変調される[2]

伝説[編集]

ファラリスは、雄牛本体と音響の効果を製作者であるペリロスに自身で「試せ」と命令した。この命令が残酷な罠だとは思いもよらなかったペリロスは、命令通りに雄牛の中に入って調べはじめた。ファラリスはこの機会を狙って雄牛の鍵を締め、火を点けた。悶え苦しむペリロスの叫び声が雄牛のうなり声となり、ファラリスはペリロス自身による「試し」を確かめることになった。ペリロスは自身が製作したこの雄牛の最初の犠牲者となったのである。

ローマ人の記すところでは、幾人かのキリスト教の殉教者にこの処刑道具が使用されたという。キリスト教の伝説的な聖人である聖エウスタキウスは、ハドリアヌス帝によって、妻子もこの雄牛で炙られた。また、聖アンチパス英語版も同様に、92年ファラリスの雄牛のなかで炙り殺された。彼はドミティアヌスがキリスト教へ迫害を行っていた頃のペルガモンの司教であり、また小アジアで最初の殉教者であった[3]。この装置は、その後も2世紀にわたって用いられた。やはり殉教者であるタルススのペラギア英語版は、ディオクレティアヌス帝によって焼かれた287人のうちの一人だったと言われる。

ファラリスは雄牛を、煙が馥郁たる芳香の雲となって立ち上るように設計するよう命じた[3]。中の死体は照りつく宝石のような骨となり、ブレスレットとして仕立てられたともいわれている[3]

後にファラリスも僭主の地位を奪われた時、自身がその雄牛の中に入れられて焼き殺された。ファラリスはこの雄牛の最後の犠牲者になったのだ、と伝えられている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ The Brazen Bull”. 2009年5月11日閲覧。
  2. ^ Heat Torture”. 2017年2月2日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年5月11日閲覧。
  3. ^ a b c Perillos of the Brazen Bull”. 2016年3月5日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年5月11日閲覧。

外部リンク[編集]