ファビピラビル

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ファビピラビル
識別情報
CAS登録番号 259793-96-9
PubChem 492405
特性
化学式 C5H4FN3O2
モル質量 157.1 g mol−1
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

ファビピラビル (Favipiravir) は、富山大学医学部教授の白木公康富士フイルムホールディングス傘下の富山化学工業が共同研究で開発したRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤[1]である。開発コードのT-705、あるいは商品名であるアビガン錠の名前でも呼ばれる。

概要[編集]

本来は抗インフルエンザウイルス薬で、ウイルスの細胞内での遺伝子複製を防ぐことで増殖を防ぐ仕組み。そのためインフルエンザウイルスの種類を問わず抗ウイルス作用が期待できる[2]。またインフルエンザウイルスのみならず、エボラ出血熱ウイルス(後述)やノロウイルスなどへの適用性に関する試験・研究も行われており、ケンブリッジ大学教授のイアン・グッドフェローらの研究チームは2014年10月21日、マウスを使った実験でノロウイルスの減少・消失を確認したとの発表を行った[3][4][5]。さらにウエストナイル熱ウイルス、黄熱ウイルスなどのRNAウイルスにも効果があると考えられており、同研究チームは「治療だけでなく感染予防にも効果的である可能性がある」とコメントしている[6]

条件付きの製造販売承認[編集]

2014年3月に富山化学工業が日本国内での製造販売承認を取得した[1]。ただしすぐに製造・販売が開始されるわけではなく、新型インフルエンザが流行し他の薬が効かないと国が判断した場合に、厚生労働大臣の要請を受けて製造を開始するという特殊な承認となっている[2]。富山化学工業は当初、アビガンがタミフルに代わる新しいインフルエンザ薬として普及し会社の収益源となることを期待していたが、動物実験で胎児に対する催奇形性の可能性が指摘されため、厚労省による製造販売承認は大幅に遅れたうえに緊急の場合のみ製造可能という条件がついてしまい、経営に貢献するという期待は外れる結果になった[7]

催奇形性の危険があるにもかかわらず承認されたのは、ウイルスを細胞内に閉じ込めて増殖を防ぐ既存のインフルエンザ薬と、ウイルスの遺伝子複製を阻害して増殖を防ぐアビガンの作用メカニズムが異なり、既存薬に耐性を持ったウイルスが蔓延した場合でも効果を発揮できるとの期待からだった[7]

マダニ感染症への適応[編集]

2016年2月22日、厚生労働省研究班のチームがマダニが媒介するウイルス感染症「重症熱性血小板減少症候群」に、ファビピラビルが有効であることをマウスの実験で確かめたと、米微生物学会の専門誌に発表した[8]。感染直後に投与すれば高い確率で救命できることが示唆された[8]。2016年6月より愛媛大学長崎大学国立国際医療研究センター国立感染症研究所など日本国内30ヵ所の医療機関が臨床研究を開始した[9][10][11]

エボラ出血熱への適用[編集]

ドイツにおける最初のマウス実験[編集]

2002年頃から、ファビピラビルが広範囲のRNAウイルスに対して抗ウイルス効果を持つことが認識されており、インフルエンザウイルス以外のウイルスに対する効果についての研究が散発的に行われていた。これらの結果を受け、ドイツのベルンハルト・ノホト熱帯医学研究所ハンブルク)のシュテファン・ギュンター所長を中心とするグループは、ファビピラビルがエボラ出血熱ウイルスに対してどの程度の効果を持つかを検証するため、2013年に同研究所のバイオセーフティーレベル4研究施設においてマウスを用いた動物実験を実施した[12]。用いたエボラウイルスは、米国CDCから提供を受けた野生型ザイール株(ただし、オリジナルのZaire Mayinga 1976年株とは、わずかに2塩基対が異なっていた)である。また、用いたマウスは、I型インターフェロンα及びβ受容体を欠く2種類のノックアウトマウス、IFNAR-/- C57BL/6及びIFNAR-/- 129/Svであり、これらは野生型ザイール株に対する致死的な感受性を持つことが他の研究で判明していた。

IFNAR-/- C57BL/6ノックアウトマウスを用いた実験は、週齢をそろえた雌のマウスを次の3つの実験群に分けて行われた。各実験群当たりのマウスは5から10匹であった。感染はエアロゾルを鼻腔から吸入させる方法で行った。

実験群1:コントロールグループ(対照群)であり、ファビピラビルを投与しない
実験群2:感染後6日目から13日目までファビピラビルを投与(1日当たり、体重1kg当たり300mg)
実験群3:感染後8日目からファビピラビルを投与(1日当たり、体重1kg当たり300mg)

結果は次の通りであった。

実験群1:感染から10日以内に全個体死亡
実験群2:投与後4日(感染後10日)以内に血液中のウイルス消滅。感染後3週間まで全個体生存、回復
実験群3:実験群1より若干死期を遅らせたが、感染後14日目までに全個体死亡

IFNAR-/- 129/Svノックアウトマウスを用いた実験では、予想に反してファビピラビルを投与しない対照群の生存率が80%に達したため、ファビピラビルを投与した実験群と生存率にほとんど差が出ないという結果に終わった。これは、他の研究で報告されていたのはIFNAR-/- 129/SvはザイールE718 1976年株に対して致死性を持つということであり、今回用いたZaire Mayinga 1976年株との違いによるものであろうと考えられた。

総論として、ファビピラビルはマウス実験のレベルにおいては、明らかにエボラ出血熱に対する治療効果を持つが、投薬開始が感染後6日目と8日目では生死が100%分かれるというほど、生存率は投薬開始時期に強く依存することが判明した[13]

2014年夏以降の動き[編集]

富山化学の親会社である富士フイルムホールディングス、並びに同社の提携先である米国のメディベクター (Medivector) 社が、米国内で治験を行う意向を示したことから、エボラ出血熱ウイルスに対するファビピラビルの効果について米国内及び世界の関心が集まり始めた[14][15][16][17][18]。2014年10月20日、富士フイルムは、エボラ出血熱患者への投与拡大に備え、「アビガン錠」をエボラ出血熱対策として海外での使用を目的とした追加生産を決定した[19]フランスは、2014年10月21日、アビガンの臨床試験を開始すると発表した[20]

韓国保健福祉部は、2014年10月30日、富士フイルムとアビガンの供給について合意したと発表した。韓国でエボラ出血熱が発生した場合は、アビガンが使用されることとなった[21]

2014年11月11日、富士フイルムホールディングスはアビガン(ファビピラビル)が2015年1月にもエボラ治療薬として国際承認される見通しを明らかにした[22][23][24]。承認されればエボラ治療薬第一号となる[22][23][24]

2015年2月5日、フランス国立保健医療研究所 (INSERM) は、西アフリカ・ギニアで2014年12月17日から患者約80人に対して実施しているエボラ出血熱治療薬アビガンの臨床試験について、フランス大統領府に「死亡症例が減り治癒が増えている」と評価報告を行った。大統領府は「今後さらに大規模試験で確認する必要はあるが、アビガン服用はエボラとの戦いに有望と思われる」との声明を発表した[25]

2015年2月24日、INSERM及び国境なき医師団 (MSF) は、血中ウィルス量が少ない感染初期の患者の死亡率が30%から15%へと半減し有効であったが、ウィルス量の多い患者や小児では効果が得られなかったと発表した[26][27][28][29]

投与例[編集]

2014年9月26日、富士フイルムはフランスでアビガン200mg錠がエボラ出血熱ウイルスに感染したフランス人女性看護師に投与されたと発表した。これはフランス政府機関より依頼を受け、日本政府と協議の上緊急対応として提供されたものである[30][31]。この女性は10月4日、無事に回復して退院した[32]

2014年10月6日、ドイツフランクフルト大学病院に搬送されたウガンダ人のエボラ出血熱患者の治療のために、10月4日に「アビガン錠」が投与された[33]

2014年10月19日、スペインのエボラ対策当局は、マドリード市内の病院で患者を看護していて二次感染し、入院治療を受けていた看護助手の体内からエボラウイルスが消えたと発表した。この看護助手に対してもファビピラビルが投与された[34]

用法[編集]

通常、成人に1日目は1回1,600 mgを1日2回、2~5日目は1回600 mgを1日2回経口投与する。総投与期間は5日間まで[2]。200 mgのアビガン錠で、一人当たり (1600 × 2 + 600 × 2 × 4) mg / 200 mg = 40錠となる。

なお動物実験で催奇形性が確認されているため、妊婦及び妊娠の可能性のある女性への投与は禁忌である[1][35]。また男女を問わず、投与期間中及び投与終了後7日間においてはなるべく性交を行わず、行う場合は必ず避妊するよう指示されている[1][35]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d “エボラ出血熱で世界が注目する日本発のある薬剤”. 日経メディカル. (2014年8月11日). http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/eye/201408/537890.html 2014年8月18日閲覧。 
  2. ^ a b c 抗インフルエンザウイルス薬「アビガン®錠200mg」の日本国内での製造販売承認取得のお知らせ - 富山化学工業・2014年3月24日
  3. ^ Favipiravir elicits antiviral mutagenesis during virus replication in vivo eLife
  4. ^ “ノロウイルスにも効果か 日本のインフル薬、英研究”. 47NEWS. (2014年10月22日). http://www.47news.jp/CN/201410/CN2014102201000821.html 2014年10月22日閲覧。 
  5. ^ “Flu drug aimed at Ebola may also fight norovirus, study finds”. Reuters. (2014年10月21日). http://www.reuters.com/article/2014/10/21/health-ebola-norovirus-idUSL6N0SG32420141021 2014年10月22日閲覧。 
  6. ^ “エボラ出血熱への効果が期待される「アビガン錠」、ノロウイルスにも効果か”. マイナビニュース. (2014年10月22日). http://news.mynavi.jp/news/2014/10/22/167/ 2014年10月25日閲覧。 
  7. ^ a b 条件付き承認で普及に足かせ 富山化学インフル薬の“無念” 週刊ダイヤモンド 2014年2月25日
  8. ^ a b “インフル治療薬アビガン、マダニ感染症に有効 厚労省研究班”. 日本経済新聞. (2016年2月22日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG22HEV_S6A220C1000000/ 2016年11月3日閲覧。 
  9. ^ “マダニ感染症患者にアビガンを投与 愛媛大など臨床研究”. 朝日新聞. (2016年6月22日). http://www.asahi.com/articles/ASJ6P7THTJ6PUBQU00W.html 2016年11月3日閲覧。 
  10. ^ “インフル薬「アビガン」、マダニ感染症の臨床試験開始”. 日本経済新聞. (2016年6月14日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG14H15_U6A610C1CR0000/ 2016年11月3日閲覧。 
  11. ^ “マダニ感染症有効か、インフル治療薬投与へ 約30の医療機関、臨床研究に着手”. 毎日新聞. (2016年6月19日). http://mainichi.jp/articles/20160619/ddm/041/040/115000c 2016年11月3日閲覧。 
  12. ^ エボラ出血熱 治療法の研究本格化 - 産経新聞・2014年4月7日
  13. ^ Gunther et al., February 2014, Successful treatment of advanced Ebola virus infection with T-705 (favipiravir) in a small animal model
  14. ^ 富士フイルム株が急騰、年初来高値 エボラ出血熱に同社インフル薬有望で - J-CASTニュース・2014年8月8日
  15. ^ “米、エボラ熱の新薬実用化急ぐ 富士フイルムなど優先審査”. 日本経済新聞. (2014年8月8日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM08H0D_Y4A800C1EAF000/ 2014年8月13日閲覧。 
  16. ^ “富士フイルムのインフル治験薬、エボラ出血熱治療に有望か”. ブルームバーグ. (2014年8月7日). http://www.bloomberg.co.jp/news/123-N9X6ZO6S972F01.html 2014年8月13日閲覧。 
  17. ^ “エボラ出血熱「国際的緊急事態」富士フイルム“特効薬”治療利用”. スポーツ報知. (2014年8月9日). http://www.hochi.co.jp/topics/20140809-OHT1T50036.html 2014年8月13日閲覧。 
  18. ^ “エボラ熱治療薬候補に 富士フイルムの薬 米で手続き”. (2014年8月8日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM0701X_X00C14A8FF1000/ 2014年8月13日閲覧。 
  19. ^ 「アビガン®錠200mg」のエボラ出血熱向け生産について
  20. ^ 三井美奈 (2014年10月21日). “フランス、日本のエボラ未承認薬を臨床試験へ”. 読売新聞. http://www.yomiuri.co.jp/science/20141021-OYT1T50122.html 2014年10月21日閲覧。 
  21. ^ “韓国、エボラ感染発生した場合には日本治療剤を緊急導入”. 中央日報. (2014年10月30日). http://japanese.joins.com/article/055/192055.html 2014年11月1日閲覧。 
  22. ^ a b “アビガン、エボラ治療薬として年明けにも国際承認=富士フイルム”. ロイター. (2014年11月11日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKCN0IV0M120141111 2014年11月11日閲覧。 
  23. ^ a b “富士フイルムHD:アビガン、エボラ薬1号 1月にも承認”. 毎日新聞. (2014年11月11日). http://mainichi.jp/select/news/20141112k0000m020056000c.html 2014年11月11日閲覧。 
  24. ^ a b “エボラ熱に効く薬「アビガン」が年明けにもフランスなどで承認へ 富士フイルムが見通し公表”. 産経新聞. (2014年11月11日). http://www.sankei.com/economy/news/141111/ecn1411110030-n1.html 2014年11月11日閲覧。 
  25. ^ 日本薬がエボラ熱治療に「有望」 仏機関が臨床試験”. 共同通信 (2015年2月5日). 2015年2月6日閲覧。
  26. ^ エボラ出血熱:ファビピラビル臨床試験の初期成績は「一部の患者に有効」”. 国境なき医師団 (2015年2月24日). 2015年2月26日閲覧。
  27. ^ “アビガン臨床試験、一部でエボラ死亡率半減も”. 読売新聞. (2015年2月25日). http://www.yomiuri.co.jp/science/20150225-OYT1T50026.html 2015年2月27日閲覧。 
  28. ^ “エボラ出血熱:ファビピラビル臨床試験の初期成績は「一部の患者に有効」”. 産経新聞. (2015年2月24日). http://www.sankei.com/economy/news/150224/prl1502240072-n1.html 2015年2月27日閲覧。 
  29. ^ Preliminary results of the JIKI clinical trial to test the efficacy of favipiravir in reducing mortality in individuals infected by Ebola virus in Guinea.”. MSF (2015年2月24日). 2015年4月4日閲覧。
  30. ^ 「アビガン®錠200mg」のエボラ出血熱ウイルスに感染したフランス人女性への投与について
  31. ^ “日本の薬で仏女性快方へ エボラ熱にインフル薬を投与”. スポーツニッポン. (2014年10月3日). http://www.sponichi.co.jp/society/news/2014/10/03/kiji/K20141003009038930.html 2014年10月4日閲覧。 
  32. ^ 三井美奈 (2014年10月5日). “日本の薬でエボラ出血熱治療、仏の患者退院”. 読売新聞. http://www.yomiuri.co.jp/world/20141005-OYT1T50026.html 2014年10月5日閲覧。 
  33. ^ 「アビガン®錠200mg」のエボラ出血熱患者への投与について
  34. ^ “看護助手がエボラを克服、検査で陰性反応 スペイン”. CNN.co.jp. (2014年10月20日). http://www.cnn.co.jp/world/35055363.html 2014年10月20日閲覧。 
  35. ^ a b ファビピラビル製剤の使用に当たっての留意事項について - 厚生労働省・2014年3月24日

外部リンク[編集]