ファニーサイド

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ファニーサイド
Funny alone.jpg
サラトガにて(2006年9月1日)
欧字表記 Funny Cide
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 2000年4月20日
Distorted Humor
Belle's Good Cide
母の父 Slewacide
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Win Star Farm
馬主 Sackatoga Stables
(Jackson W.Knowlton)
調教師 Barclay Tagg(アメリカ
競走成績
生涯成績 38戦11勝
獲得賞金 3,529,412ドル
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ファニーサイド (Funny Cide) はアメリカ競走馬である。2003年ケンタッキーダービープリークネスステークスを制し二冠を達成、エクリプス賞最優秀3歳牡馬に選出された。

戦歴[編集]

2002年9月の未勝利戦でデビュー、15馬身差で圧勝した。この年さらに2戦し連勝している。2003年重賞で堅実に走り、4月のウッドメモリアルステークスでG1に初挑戦、エンパイアメーカーの2着に敗れる。続くケンタッキーダービーでは7番人気とあまり評価されなかったが、エンパイアメーカーを抑えて優勝した[1]ニューヨーク産の馬として史上初、騸馬の優勝は1929年のクライドヴァンデュセン以来74年振りであった。続くプリークネスステークスも9馬身3/4差で圧勝、二冠馬となった。後述の理由により大人気を得ていたファニーサイドの三冠達成の瞬間を見ようと、ベルモントステークス当日は10万人を超える大観衆がベルモントパーク競馬場に詰め掛けたが、宿敵エンパイアメーカーの3着に敗れ、三冠制覇はならなかった。 その後は2004年10月のジョッキークラブゴールドカップに勝利。種牡馬になれない騸馬ゆえに長く現役であり続けたが、年を重ねるにつれ大レースからは姿を消していった。2007年7月のワズワースメモリアルハンデキャップで約1年振りに勝利したのを最後に現役を引退した。

エピソード[編集]

2001年8月のセールで僅か2万2000ドルという安値で取引され、その後バークレイ・タッグ調教師に見出され、サッカトガ・ステーブルに7万5000ドルで転売された。サッカトガ・ステーブルとはごく普通の一般階級の人間10人から成る共同馬主グループであり、他の大富豪の馬主達とは明らかに一線を画す存在であった。取引価格の安さと、馬主が庶民であるという親しみやすさがファンの共感を呼び、ファニーサイドは爆発的な人気を得ることになった。

血統表[編集]

ファニーサイド血統ミスタープロスペクター系 / Ribot 5×5=6.25%) (血統表の出典)
父系

Distorted Humor
1993 栗毛
父の父
* フォーティナイナー
Forty Niner
1985 栗毛
Mr.Prospector Raise a Native
Gold Digger
File Tom Rolfe
Continue
父の母
Danzigs Beauty
1987 鹿毛
Danzig Northern Dancer
Pas de Nom
Sweetest Chant Mr.Leader
Gay Sonnet

Belle's Good Cide
1993 栗毛
Slewacide
1980 鹿毛
Seattle Slew Bold Reasoning
My Charmer
Evasive Buckpasser
Summer Scandal
母の母
Belle of Killarney
1981 栗毛
Little Current SeaBird
Luiana
Cherished Moment Graustark
Pumpkin Patch F-No.6-d
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

脚注[編集]

  1. ^ レース後、一部マスコミで騎乗したホセ・サントス騎手が馬に刺激を与えて早く走らせる違法な装置を使ったと報じられたが、その後の調査では証拠は何も出てこず、無実が証明された。

外部リンク[編集]