ファドリケ・アルバレス・デ・トレド

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ファドリケ・アルバレス・デ・トレド

ファドリケ・アルバレス・デ・トレド(Fadrique Álvarez de Toledo, 1537年 - 1583年12月11日)は、スペイン貴族、第4代アルバ公八十年戦争時のスペイン軍司令官。

第3代アルバ公フェルナンド・アルバレス・デ・トレドの次男として、リスボンで生まれた。ウエスカ公、コリア侯、カラトラバ騎士団の司令官職でもあった。

彼は、スペイン領ネーデルラントにおける、最も血なまぐさい時期のスペイン軍を率いた。ハールレム包囲と同様に、メヘレンズトフェン(現在のオランダヘルダーラント州)、ナールデン(オランダ・北ホラント州)において起こった殺戮の司令官だった。

彼の指揮した軍はアルクマール包囲に失敗し、退却を余儀なくされた。彼の父フェルナンドであれば、退却を認可しなかっただろう。フェルナンドは、息子の評判がスペイン王フェリペ2世に伝わり不興を被ることを何より恐れた。

1573年以降、ファドリケは健康を急激に害した。