ピーター・ティール

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ピーター・ティール
Peter Thiel
Peter Thiel (2014).jpg
生誕 (1967-10-11) 1967年10月11日(49歳)
ドイツの旗 西ドイツ
フランクフルト・アム・マイン
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身校 スタンフォード大学
スタンフォード・ロー・スクール
職業 起業家投資家
純資産 増加27億ドル(2016年
肩書き クラリウム・キャピタル 社長
パランティア 会長
Facebook 取締役
ファウンダーズ・ファンド パートナー
バラー・ベンチャーズ 会長
ミスリル・キャピタル 投資委員会委員長
Yコンビネータ パートナー
政党 リバタリアン党(2016年以前)
共和党(2016年 - )[1]

ピーター・アンドレアス・ティール(Peter Andreas Thiel、1967年10月11日 - )は、アメリカ合衆国起業家投資家PayPal(ペイパル)の創業者。シリコンバレーで大きな影響力を持つ「ペイパル・マフィア」の中でも「ドン」と称される[2]

概要[編集]

西ドイツのフランクフルトに生まれる。1歳のときに家族とともにアメリカに移住。少年時代はアフリカで過ごしていたこともある。スタンフォード大学哲学を学び、B.A.学位を取得。その後スタンフォード・ロー・スクールに進学し、1992年法務博士の学位を取得する。卒業後、合衆国控訴裁判所で法務事務官、ニューヨークの法律事務所サリヴァン&クロムウェルで証券弁護士、元教育長官ウィリアム・ジョン・ベネットのスピーチライター、クレディ・スイスで通貨オプショントレー​​ダーとして働く。1996年にティール・キャピタル・マネジメントを設立。1998年にはコンフィニティ(後のPayPal)を共同設立し、2002年に15億ドルでeBayに売却するまで最高経営責任者を務めた。

eBayがPayPalを買収した後、ヘッジファンドのクラリウム・キャピタル(Clarium Capital)を設立。2004年、データ分析ソフトウェア企業パランティア(Palantir[3]を立ち上げ、現在までその会長を務める。同年、Facebook初の外部投資家になった。2012年に保有する株式の大半を売却したものの、現在でも同社の取締役として名を連ねている。複数のベンチャーキャピタルも立ち上げており、2005年にはPayPalの創業メンバーだったケン・ハウェリー、ルーク・ノゼックとファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)を、2010年にはバラー・ベンチャーズ(Valar Ventures)を、2012年にはミスリル・キャピタル(Mithril Capital[4]を共同設立している。バラー・ベンチャーズでは会長を務め、ミスリル・キャピタルでは投資委員会委員長を務めている。また、2015年からYコンビネータのパートナーとして勤務している[5]

慈善活動や政治的活動にも携わっている。ティール財団(Thiel Foundation)を通じてブレイクアウト・ラボ(Breakout Labs)とティール・フェローシップThiel Fellowship)を運営し、エリーザー・ユドコウスキーが創設したMIRI(Machine Intelligence Research Institute)、寿命の延長や老化防止を目的とするメトセラ財団やSENS研究財団、海上国家建設を構想するシーステディング研究所、およびその他の投機的な研究をサポートしている。政治的にはリバタリアンとして知られ、スタンフォード大学時代にリバタリアニズムを主張する学生新聞『スタンフォード・レビュー(The Stanford Review)』を創刊したこともある。『ゴーカー』によるハルク・ホーガンのゴシップ記事を巡る裁判では、ホーガンに資金援助を行った[6]2016年11月には、ドナルド・トランプの政権移行チームのメンバーとなった。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

1967年10月11日に西ドイツのフランクフルト・アム・マインで父クラウスと母スザンヌとの間に生まれる[7][8]。1歳の時に家族とともにアメリカのオハイオ州クリーブランドに移住。クラウスは最初その地で化学技術者として働いた。その後クラウスは複数の鉱山会社で働き、それに伴い転勤を繰り返したため、ピーターは7度にわたる小学校の転校を余儀なくされる。ピーターとその家族は南アフリカやその委任統治領である南西アフリカ(現ナミビア)で暮らした後、1977年カリフォルニア州サンマテオ郡フォスターシティに定住する。

少年時代、ティールはチェスに熱中する。6歳でプレーを始め、1980年には13歳未満のアメリカ人チェス選手の7位にランクインした[9]。ゲームでは他にも「ダンジョンズ&ドラゴンズ」をプレイした。また、サイエンス・フィクションを愛読する。好きな作家はアイザック・アシモフロバート・A・ハインラインだった。J・R・R・トールキン作品のファンでもあり、『指輪物語』は10回以上読んだという[7][10]

教育[編集]

中学時代、ティールは数学に秀でており、カリフォルニア州全域の数学テストで1位を獲得したこともある[9]。高校でも優秀な成績を収め、卒業式では総代を務めた[11]。政治的傾向はすでに保守的で、当時のロナルド・レーガン政権の楽観主義と反共主義を支持していた[9]

高校卒業後、スタンフォード大学で哲学を学ぶ。中でもルネ・ジラールミメーシス理論はティールに大きな影響を与えた[12]。ジラールによると、人間の欲望は他者の欲望を模倣(ミメーシス)するという性格を持っており、こうした模倣は無意味な競争を引き起こす。また、競争はいったんそれ自体が目的となると進歩を抑制してしまうとジラールは主張した。このようなジラールの考えをティールは自身のビジネスと私生活に応用している。競争すること自体に気を取られてしまう結果、我々は世界で重要な、超越的な、あるいは本当に意味のあるものを見失ってしまうとティールは述べている[13]

ティール在学時のスタンフォードではアイデンティティ政治ポリティカル・コレクトネスに関する議論が活発だった。「西洋文化」プログラムは、過度に西洋中心主義的であるとの批判を受けて、多様性と多文化主義を押し進める「文化・思想・価値」コースに取って代えられた。この取り組みはキャンパスでの論争を引き起こし、アイン・ランドの作品を愛読する[10]など保守的でリバタリアン的な思想を強めていたティールが保守系の学生新聞『スタンフォード・レビュー』を1987年に創刊するきっかけとなった。

ティールは1989年学士号を取得してスタンフォード大学を卒業する。その後スタンフォード・ロー・スクールに進学し、1992年に法務博士号を取得した。

初期の職歴[編集]

スタンフォード・ロー・スクールを卒業した後、ティールは合衆国控訴裁判所第11巡回区で裁判官ジェームス・ラリー・エドモンソンのもとの法務事務官として働く。1年間務めた後、合衆国最高裁判所の法務事務官となるためにアントニン・スカリアアンソニー・ケネディの面接を受けたが、採用とはならなかった[14]。それからニューヨークに移り、法律事務所サリヴァン&クロムウェルの証券弁護士として働くが、仕事に超越的な価値を見出せないとして7ヶ月で離職する[7]。その後クレディ・スイスの通貨オプショントレー​​ダーとして働いた。その傍ら、元教育長官ウィリアム・ベネットのスピーチ・ライターを務めた。

1996年にベイエリアに戻ったティールは、インターネットパーソナルコンピュータが目覚しい勢いで発展し、経済を変化させていることに気付く。そして友人や家族から100万ドルの資金を調達し、ティール・キャピタル・マネジメントを設立。ベンチャーキャピタリストとしてのキャリアをスタートさせた。発足当初に友人ルーク・ノゼックのプロジェクトに10万ドルの投資をしたが失敗。挫折を経験する。しかし1998年、そのノゼックの友人であるマックス・レヴチンと共にコンフィニティ(Confinity)を創業したことがティールのキャリアを好転させるきっかけとなる。

PayPal[編集]

1999年、コンフィニティが電子決済サービスPayPalを立ち上げる。その後、PayPalはイーロン・マスクの金融サービス会社であるX.comとの合併やモバイル商取引を専門とするPixoとの合併を通じて成長を続けた。2001年までに、PayPalは650万人以上の顧客にサービスを提供し、そのサービスを26か国の消費者と企業に拡大した。2002年2月に新規株式公開(IPO)したPayPalは、その年の10月に15億ドルでeBayに売却された。ティールが保有していた3.7%の株式は買収時に5500万ドルの価値となった[15]

政治的見解・活動[編集]

2016年5月に、アメリカ大統領候補ドナルド・トランプを支持する代議員リストに名前が登載されていることが明らかになった。その当時トランプ支持を公言するテクノロジー業界の大物は他に皆無だったが、ティールは批判も恐れず支援した。その甲斐あって11月には政権移行チームのメンバーに選任された。科学技術分野の他、財務省、商務省、国防省の人事に一定の影響力を及ぼすものと見られる。トランプ支持の動機としては、これまでの政府の機能不全と間違った戦争を支持していたヒラリー・クリントンには大統領の資格がないということを挙げていた。リバタリアンであるティールは、戦争はもとより社会というものの存在にも懐疑的であり、競争や競合とは共産主義の概念だとし、同じものを奪い合ったりせずに上手く棲み分けられるような良い意味での独占を目指すべきだと主張。ティールには、世間の常識に挑み、金儲けのためだけでなく、人類を進化させうる本物の技術に投資すべきという考えが根底にある。

脚注[編集]

  1. ^ Christine Mai-Duc, Silicon Valley tech mogul Peter Thiel to make history as he declares he's proud to be gay on the RNC stage, Los Angeles Times (July 22, 2016)
  2. ^ O'Brien, Jeffrey M. (2007年11月13日). “The PayPal Mafia”. Fortune. 2016年12月11日閲覧。
  3. ^ トールキン作品に登場する水晶パランティーアに由来する。
  4. ^ トールキン作品に登場する金属ミスリルに由来する。
  5. ^ Jordan Novet, Peter Thiel becomes a part-time partner at Silicon Valley’s Y Combinator, VentureBeat (March 10, 2015)
  6. ^ 最後のメッセージ──全米最凶の「噂の真相」サイトはなぜ破綻したか? すべての有名人が恐れたゴシップメディア「ゴーカー」創業者の激白
  7. ^ a b c Meghan O'Dea, "Peter Thiel.", Immigrant Entrepreneurship: German-American Business Biographies, 1720 to the Present, vol. 5, edited by R. Daniel Wadhwani. German Historical Institute. Last modified July 24, 2015.
  8. ^ “Peter Thiel”. NNDB. http://www.nndb.com/people/030/000124655/ 2016年12月9日閲覧。 
  9. ^ a b c Parloff, Roger (2014年9月4日). “Peter Thiel disagrees with you”. Fortune. 2016年12月9日閲覧。
  10. ^ a b Brown, Mick (2014年9月19日). “Peter Thiel: the billionaire tech entrepreneur on a mission to cheat death”. The Daily Telegraph. http://www.telegraph.co.uk/technology/11098971/Peter-Thiel-the-billionaire-tech-entrepreneur-on-a-mission-to-cheat-death.html 2016年12月9日閲覧。 
  11. ^ Bustillos, Maria (2016年5月27日). “Peter Thiel Isn’t a Supervillain”. Business Insider. 2016年12月11日閲覧。
  12. ^ Feloni, Richard (2014年11月10日). “Peter Thiel explains how an esoteric philosophy book shaped his worldview”. Business Insider. 2016年12月11日閲覧。
  13. ^ Baer, Drake (2015年2月4日). “Here's the advice billionaire investor Peter Thiel wishes he could've given his younger self”. Business Insider. 2016年12月11日閲覧。
  14. ^ ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ(関美和・訳)『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』 NHK出版2014年、60ページ。
  15. ^ Charlton, Alistair (2016年11月11日). “Who is Peter Thiel? PayPal founder shunned by Silicon Valley to advise Trump on technology”. International Business Times. 2016年12月22日閲覧。

外部リンク[編集]