ピーター・オデムウィンギー

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ピーター・オデムウィンギー Football pictogram.svg
1 peter odemwingie stoke 2015.jpg
ストーク時代(2015年)
名前
本名 ピーター・オサゼ・オデムウィンギー
Peter Osaze Odemwingie
ラテン文字 Peter ODEMWINGIE
キリル文字 Питер Осазе Одемвингие
基本情報
国籍 ナイジェリアの旗 ナイジェリア
ロシアの旗 ロシア
生年月日 (1981-07-15) 1981年7月15日(36歳)
出身地 タシュケント
身長 181cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 ロザラム・ユナイテッドFC
ポジション FW (WG, CF)
背番号 13
利き足 右足
ユース
1994 ロシアの旗 KAMAZ
1995-1998 ロシアの旗 CSKAモスクワ
1999 ナイジェリアの旗 ラシーヌ・ラゴス
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2002 ナイジェリアの旗 ベンデル・インシュランス英語版 53 (19)
2002-2004 ベルギーの旗 ラ・ルヴィエール英語版 44 (9)
2004-2007 フランスの旗 リール 75 (23)
2007-2010 ロシアの旗 ロコモティフ・モスクワ 75 (21)
2010-2013 イングランドの旗 WBA 87 (30)
2013-2014 ウェールズの旗 カーディフ 15 (1)
2014-2016 イングランドの旗 ストーク 27 (5)
2016 イングランドの旗 ブリストル・シティ (loan) 7 (2)
2016-2017 イングランドの旗 ロザラム 7 (0)
代表歴2
2002-2014 ナイジェリアの旗 ナイジェリア 63 (10)
2008 ナイジェリアの旗 ナイジェリア オリンピック 6 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年2月1日現在。
2. 2014年6月30日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ピーター・オサゼ・オデムウィンギーPeter Osaze Odemwingie, 1981年7月15日 - )は、ウズベキスタン(旧ソビエト連邦)・タシュケント生まれのナイジェリア代表サッカー選手ロザラム・ユナイテッドFC所属。ポジションはフォワード

ナイジェリア人の父親とロシア人の母親の元に生まれたナイジェリアロシアのハーフである。

経歴 [編集]

クラブ[編集]

1981年、ナイジェリア人の父親とロシア人の母親の元、旧ソビエト連邦のタシュケントで生まれた。1994年に母親の母国であるロシアKAMAZナーベレジヌイェ・チェルヌイへ入団し、翌年から4年間は国内の強豪であるCSKAモスクワの下部組織でプレー。1999年に父親の母国であるナイジェリアへ引っ越すと同時にASラシーヌ・ラゴスの下部組織へ加入した。

2000年ナイジェリアベンデル・インシュランスFCでプロデビュー。2002年ベルギーRAAラ・ルヴィエールに移籍し、ヨーロッパ復帰を果たした。2005年フランスリーグ・アンリールへ移籍。2006-07シーズンのチャンピオンズリーグのグループリーグではアウェーのACミラン戦で先制ゴールを決めるなど、リールをクラブ史上初のチャンピオンズリーグ決勝トーナメント進出に導く原動力となった。

この活躍によって注目を浴び、2007年7月13日ロシアFCロコモティフ・モスクワへ1700万ユーロで移籍を果たした。

2010年8月20日イングランドウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCへ移籍[1]。翌日の8月21日に行われたサンダーランドAFC戦でプレミア初ゴールを決め、チームの初勝利に貢献した。2010-11シーズン、オデムウィンギーはリーグで15得点をあげ、クラブのプレミアリーグでのシーズン最多得点記録を更新。

2013年9月2日、昇格組のカーディフ・シティへ2年契約で移籍[2]。しかし、シーズン途中に就任したオーレ・グンナー・スールシャール新監督から信頼を得られず、2014年1月28日ケンワイン・ジョーンズとのトレードでストーク・シティに移籍[3]。しかしストークではマルコ・アルナウトヴィッチボージャン・クルキッチジェルダン・シャチリイブラヒム・アフェレイなどからポジションを奪うことはできず、2016年5月からシーズン終了までチャンピオンシップブリストル・シティFC期限付き移籍[4]。2015-16シーズンを以てクラブを退団した[5]

ハル・シティAFCのトライアルを受けるもフリーの状態で翌シーズンを迎えたが、10月24日にロザラム・ユナイテッドFCと3か月間の短期契約を結んだ[6]

代表[編集]

ナイジェリアロシアのハーフのオデムウィンギーはナイジェリア代表ロシア代表のどちらかを選ぶ権利を有していたが、最終的にはナイジェリア代表を選択。2004年アフリカネーションズカップでナイジェリア代表デビューを。

2008年北京オリンピックにはオーバーエイジ枠で出場。決勝でアルゼンチンに敗れたものの、準々決勝のコートジボワール戦でゴールするなどナイジェリア代表の準優勝に貢献した。2010年アフリカネイションズカップでは3位になり大会ベスト11に選出された。

2014 FIFAワールドカップではボスニア・ヘルツェゴビナ戦で決勝点を挙げ、ナイジェリアのワールドカップでの16年ぶりとなる勝利に貢献した[7]

代表歴[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]