ピタゴラス

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ピタゴラス像(ローマカピトリーノ美術館
アテナイの学堂』に描かれたピタゴラス(ラファエッロ1509年

ピタゴラス古代ギリシャ語: Πυθαγόρας ὁ ΣάμιοςPȳthagórās ho Sámios)「サモス島のピュータゴラース」また単純にΠυθαγόραςPȳthagórāsイオニア方言形: ΠυθαγόρηςPȳthagórēs英語: Pythagoras紀元前582年 - 紀元前496年)は、ピタゴラスの定理などで知られる、古代ギリシア数学者哲学者。彼の数学や輪廻転生についての思想はプラトンにも大きな影響を与えた。「サモスの賢人」、「クロトンの哲学者」とも呼ばれた。古代ギリシア語の発音により忠実に表記するならばピュタゴラスピュータゴラースとなる。

生涯[編集]

ピタゴラス教団は秘密主義で、内部情報を外部に漏らすことを厳しく禁じ、違反者は船から海に突き落として死刑にした[1]。そのため教団内部の研究記録や、ピタゴラス本人が書いた著作物は後世に一点も伝わっていない。そこでピタゴラス個人の言行や人物像は、教団が壊滅した後に各地に離散した弟子の著作や、後世の研究者の書いた伝記や註釈書といった、多くの間接的な情報で出来上がっている[2]。彼の賢者風の肖像や彫像類も、すべて後世の伝聞や想像で作られたイメージであり、実際にどういう風貌をした人物だったかも不明である。

ピタゴラスはタレスと同じイオニア地方のサモス島で生まれた。父親は宝石細工師だったという。古代ギリシアの伝記作家たちの一致するところでは、エジプトで幾何学とエジプトの宗教の密儀を学び、フェニキアで算術と比率、カルディア人から天文学を学んだという。ポルピュリオスなどの伝記によれば、ゾロアスター教の司祭のもとで学んだといわれる[2]

サモス島はポリュクラテスの圧政により哲学者としての生活に向かなかったため、イタリアの植民市に移住し、その弁舌で多くの人々を魅了した[2]。 彼はイタリアのクロトンピタゴラス教団を立ち上げた。この教団はやがて地域の有力者の保護を得て大きな力を持つようになり、数百人の信者を集めて大いに繁栄した。

ところがある時、この後援者が政争に巻き込まれて失脚する。教団は暴徒と化した市民に焼き打ちされて壊滅し、ピタゴラス自身も死んだと伝わる。

ディオゲネス・ラエルティオスは『ギリシア哲学者列伝』の中でピタゴラスの最期に関する4つの説を紹介している。

  1. クロトンの家にいる時に放火されて、逃げ出し、豆畑まで来た時に立ち止まったため、追手に捕らえられて咽喉を切られて殺された。
  2. メタポンティオンのムゥサの女神たちの神殿に逃げ込み、40日間の断食をした後で死んだ(ディカイアルコスの説)。
  3. メタポンティオンに退き、断食をして死んだ(ヘラクレイトスの説)。
  4. アクラガス人とシュラクサイ人との戦闘に参加し、アクラガス軍の側に味方して戦った。しかし、アクラガス軍が退却したため、豆畑を避けて廻り道をしようとした時に、シュラクサイ軍に捕らえられて殺された(ヘルミッポスの説)。

第1(または第4)の説は、小峰元著 『ピタゴラス豆畑に死す』 講談社1975年ISBN 4061360299 の表題にもなっている。これにはソラマメに対する呪術的な解釈に帰する説と、ソラマメ中毒が背景にあるとする説がある。

万物は数なり[編集]

ピタゴラスは、和音の構成から惑星の軌道まで、あらゆる現象に数の裏付けがあることに気がついた。そしてついには、宇宙の全ては数から成り立つと宣言した。彼は紀元前6世紀に、宇宙のすべては人間の主観ではなく、数の法則に従うのであり、数字と計算によって解明できるという思想を確立した。[3]彼がこの思想にもとづいて創始したピタゴラス教団、またはピタゴラス学派と呼ばれる集団は、数の性質を研究することにより、宇宙の真理を見きわめようとした。そしてピタゴラス教団は、古代世界で最も著名な数学の研究機関となった。この学派は五芒星シンボルマークとした。

彼の教団は現代にまで伝わる、さまざまな数学的な定理を発見した。その中には不合理なものもあるが、有名なピタゴラスの定理のように、現代にまで至る数学の基礎となったものもある。ピタゴラスの定理はピタゴラスが一人で発見したのではなく、この学派による成果であり、教団ではこの定理の重大性を記念して、百頭の牡牛を生贄に捧げて発見を祝ったという[4]

ピタゴラスは数の調和や整合性を非常に重視し、完全数友愛数を宗教的に崇拝した。そのため教団の1人が無理数を発見したとき、その存在を認めようとするかわり、発見者を死刑にしてしまった。分数でも整数でも書き表せない奇怪な数が存在することは、彼の思想を根本から否定するものだったからである。皮肉にも彼の名のついたピタゴラスの定理から導かれるや、シンボルマークの五芒星に現れる黄金比も無理数であった。

ピタゴラスの哲学は、ゾロアスター教や道教と同じく二元論が基礎となっており、現象世界を考察する十項目の対立項を提示した[5]アリストテレスは『形而上学』のなかで、この対立項を再現している。彼はオルペウス教の影響を受けてその思想の中で輪廻を説いていたとされている。

ピタゴラス音律[編集]

ピタゴラス音律は、周波数の比率が2:3の音程、すなわち純正な完全五度の積み重ねに基づく音律である。古代中国の三分損益法と基本的に同じものであるが、どちらがより古いのかは定かではない。ピタゴラスが鍛冶屋の様々な金槌の音を聞いて、その金槌の重さの比率から協和音程が単純な整数比に基づく事を発見したという伝説に由来する。ただし実際には、この原理は楽器の弦の長さの比率においては正しいが、金槌の重さには関係しない。

また、ピタゴラスは発見した法則を確認するために、モノコードと呼ばれる1本のガットと自在に動かせる駒で構成される調律道具を発明したといわれる[5]

ピタゴラスコンマはピタゴラス音律が原理的にもつオクターヴ関係との誤差である。

脚注[編集]

  1. ^ 教団の発見した新しい立方体の正12面体を漏らした者や、無理数を発見した男がこの刑に処せられたという
  2. ^ a b c ジェイムス 1998, pp. 38-49.
  3. ^ サイモン・シン 『フェルマーの最終定理』第一章
  4. ^ E・マオール 『ピタゴラスの定理』p33
  5. ^ a b ジェイムス 1998, pp. 49-68.

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]