ビー・ユー・ジーDMG森精機
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒004-0015 北海道札幌市厚別区下野幌テクノパーク1丁目1番14号 |
| 設立 | 1980年(昭和55年)10月20日 |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 法人番号 | 4430001013788 |
| 代表者 | 代表取締役社長:川島昭彦 |
| 資本金 | 1億円 |
| 売上高 | 20億57百万円(2015年3月期) |
| 従業員数 | 132名(2015年4月1日現在) |
| 主要株主 | DMG森精機(株) 100% |
| 外部リンク | http://www.bug.co.jp/ |
ビー・ユー・ジーDMG森精機株式会社(ビーユージーディーエムジーもりせいき、英文社名:DMG MORI B.U.G. CO., LTD.)は、日本のコンピュータ関連企業。本社は北海道札幌市。
概要[編集]
1977年(昭和52年)に北海道大学OBを中心としたソフトハウスとして創業。技術力の高さは業界でも有名であり、過去にはソニーの8ビットパソコンSMC-70のモニタ並びにBASICインタープリタの開発を受託したり、NTT-TE東京(現・NTT-ME)と共同で、ISDNブームの火付け役となったターミナルアダプタ「MN128」シリーズを開発したり、WWWオートパイロットソフト「波乗野郎」を開発したことなどで知られる。ハドソン社とともにIT産業の集積地であるサッポロバレー誕生の基礎となった企業でもある。 2010年ビー・ユー・ジーが研究・開発に協力したMPCが、国際宇宙ステーションの映像伝送能力を飛躍的に進歩させたとして、JAXAと共にNASAからGroup Achievement Awardを授与された。
沿革[編集]
- 1977年(昭和52年) - 個人経営のソフトハウスとして創業
- 1980年(昭和55年) - 株式会社ビー・ユー・ジー設立
- 1982年(昭和57年) - SMC-70用モニタ、並びにBASICインタープリタの開発。[1]気象衛星ひまわり気象画像処理装置開発。[2]
- 1988年(昭和63年) - 本社/研究所を「札幌テクノパーク」に新築
- 1993年(平成5年)
- デジタルビデオアクセラレータ「DeskStudio」米国ラディウス社と共同開発
- 関連会社バイスのサテライト事業部が世界初の全編CGによる連続アニメ番組「ビット・ザ・キューピッド」をグループ・タックと共同で制作開始
- 1994年(平成6年) - Macintosh用開発環境「CodeWarrior」日本総代理店業務開始
- 1995年(平成7年)
- NTT-TE東京(後のNTT-ME)と共同でISDNターミナルアダプタ「MN128」シリーズを開発・発売( - 2003年(平成15年))
- アーティスト立花ハジメ氏と、Adobe Illustrator対応プラグインモジュール「SiNYO Beta」を共同開発
- 1996年(平成8年)
- WWWオートパイロットソフト「波乗野郎」を発売。日経優秀製品サービス賞優秀賞受賞( - 2001年(平成13年))
- プレイステーション用タイトル統合開発環境「CodeWarrior for PlayStation」販売開始
- バイスが「CodeWarriorセンター」開設
- 2000年(平成12年) - 衛星通信を利用した気象観測システム「OC-200W」開発
- 2005年(平成17年) - NHK放送技術研究所が開発を進めているスーパーハイビジョンの映像送出システム開発に参画
- 2007年(平成19年) - ハイビジョン信号変換装置開発、スペースシャトルディスカバリー号に搭載
- 2008年(平成20年)
- 森精機製作所(現・DMG森精機)と資本・業務提携実施を行う
- 12月 - バイスが営業休止
- 2010年(平成22年) - JAXAとビー・ユー・ジーの共同チームが、国際宇宙ステーションの映像伝送能力を飛躍的に進歩させたとして、NASAからGroup Achievement Awardを授与される。
- 2013年(平成25年) - 4月1日より社名を「株式会社ビー・ユー・ジー」から「ビー・ユー・ジー森精機株式会社」へ変更
- 2015年(平成27年) - 8月1日より社名を「ビー・ユー・ジー森精機株式会社」から「ビー・ユー・ジーDMG森精機株式会社」へ変更