ビル・イングリッシュ

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ビル・イングリッシュ
Bill English
Bill English.jpg
生年月日 (1961-12-30) 1961年12月30日(55歳)
出生地 ニュージーランドの旗 ニュージーランド サウスランド ディプトン
所属政党 ニュージーランド国民党

在任期間 2016年12月12日 -

在任期間 2016年 -

在任期間 2001年 - 2003年
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ビル・イングリッシュSimon William English1961年12月30日 - )は、ニュージーランド政治家。第39代ニュージーランド首相ニュージーランド国民党党首(第9代:2001年 - 2003年、第12代:2016年 - )。ジョン・キー政権下では副首相兼財務大臣兼社会基盤施設大臣を兼務していた。

人物[編集]

サウスランドディプトン生まれ。ウェリントンのセント・パトリック・カレッジ卒業。オタゴ大学商学ヴィクトリア大学ウェリントン英文学を専攻し卒業。大学卒業後は地元へ戻り農夫となる。その後ウェリントンへ戻り、政策分析官として国庫庁へ勤務する。国庫庁に2年間勤め、ふたたび地元へ戻る。

1980年にニュージーランド国民党に入党し1990年の総選挙に出馬し初当選を果たす。社会保障や教育分野で手腕を発揮し1999年に財務大臣に就任する。その後、収入役等を経て財務報道官に就任する。

2001年10月、ニュージーランド国民党党首に就任するも2002年の総選挙で大敗し国民党の再建に失敗。2003年10月にドン・ブラッシュへ党首を交代する。イングリッシュは教育報道官に就任するも、ドン・ブラッシュの退任後は国民党副党首、財務報道官に就任。

2008年の総選挙に勝利し国民党は政権復帰を果たす。ジョン・キー政権下で副首相、財務大臣、社会基盤施設大臣を兼務。

カトリックの信仰を持ち、女医と結婚し6人の子を持つ。妊娠中絶安楽死、同性愛者同士の婚姻、売春に反対している。

1995年にタスマン海から太平洋へ通じる全長243キロメートルをカヤック自転車ジョギングで走破する“コースト・トゥー・コースト”(Coast to Coast)を完走している。

2009年9月、ウェリントンに自宅を構えていながら住居手当を週900ドル受給している問題が発覚。ウェリントンに自宅を構える議員へ支給されることのない住居手当をイングリッシュは地元ディプトンの自宅を登録し手当てを受給していた。イングリッシュは指摘を受け住居手当の受給停止と大臣職に就任してから受給した住宅手当を全額返金した(2008年11月から2009年9月までの計32,000NZD)。イングリッシュは副首相として年間276,200NZDの議員報酬を得ている。

ジョン・キー首相が退陣を表明したことにより2016年12月12日、国民党議員総会にて第12代国民党党首に選出され、その後に第39代首相に就任した[1]

2017年5月に来日。

脚注[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
ジョン・キー
ニュージーランドの旗 ニュージーランド首相
第39代:2016 -
次代:
(現職)
党職
先代:
ジェニー・シップリー
ジョン・キー
ニュージーランド国民党党首
第9代:2001 - 2003
第11代:2016-
次代:
ドン・ブラッシュ
(現職)