ビョルン・ダーリ

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ビョルン・ダーリ
Trond Giske, Bjørn Dæhlie og Viktor Zubkov (5485128079).jpg
Bjørn Dæhlie (in the middle) in 2011
名前
ラテン文字 Bjørn Dæhlie
基本情報
国籍 ノルウェーの旗 ノルウェー
種目 クロスカントリースキー
生年月日 1967年6月19日(46歳)
生誕地 ヘードマルク県
エールベルムノルウェー語(ブークモール)版
ワールドカップ戦歴
デビュー年 1989-1999季
引退年 1999-2000季
総合優勝 6回
オリンピック
ノルウェーの旗 ノルウェー
男子クロスカントリースキー
オリンピック
1992アルベールビル 複合(10kmクラシカル+15kmフリー)
1992アルベールビル 50kmフリー
1992アルベールビル 4x10kmリレー
1994リレハンメル 10kmクラシカル
1994リレハンメル 複合(10kmクラシカル+15kmフリー)
1998長野 10kmクラシカル
1998長野 50kmフリー
1998長野 4x10kmリレー
1992アルベールビル 30kmクラシカル
1994リレハンメル 30kmフリー
1994リレハンメル 4x10kmリレー
1998長野 複合(10kmクラシカル+15kmフリー)
ノルディックスキー世界選手権
1991 Val di Fiemme 15km
1991 Val di Fiemme 4x10kmリレー
1993 Falun 30km
1993 Falun 複合(10kmクラシカル+15kmフリー)
1993 Falun 4x10kmリレー
1995 Thunder Bay 4x10kmリレー
1997 Trondheim 10km
1997 Trondheim 複合(10kmクラシカル+15kmフリー)
1997 Trondheim 4x10kmリレー
1995 Thunder Bay 10km
1995 Thunder Bay 30km
1995 Thunder Bay 50km
1997 Trondheim 30km
1999 Ramsau 4x10kmリレー
1993 Falun 50km
1997 Trondheim 50km
1999 Ramsau 30km

ビョルン・ダーリ(Bjørn Dæhlie、1967年6月19日 - )はノルウェーヘードマルク県エールベルムノルウェー語(ブークモール)版出身の元クロスカントリースキー選手。

人物[編集]

ダーリは1990年代にクロスカントリースキー界の王者として君臨した。アルベールビルリレハンメル長野と3度の冬季オリンピックに出場し、8個の金メダルと4個の銀メダルを獲得。メダル12個は冬季オリンピックではオーレ・アイナル・ビョルンダーレンに次ぐ歴代2位、金メダル8個はビョルンダーレンに並ぶ最多タイ記録である。

リレハンメルオリンピックの開会式ではノルウェー選手団の旗手を務めた。またノルディックスキー世界選手権では6大会で合計17個のメダル(金9個、銀5個、銅3個)を獲得した。クロスカントリースキー・ワールドカップでは史上最多の46勝、総合優勝6回を成し遂げ、ノルウェー選手権でも通算12勝している。

このような彼の成功はスポーツに対する熱意にある。幼いころから狩り、釣り、山歩き、カヤック、サッカー、そしてとりわけスキーに熱中した。子供のころはサッカー選手を夢見ていたがコーチにクロスカントリースキーを進められてこの道に進んだ。ジュニア年代では目立った成績を上げることはできなかったが年々進歩を遂げ、1989年にワールドカップへデビュー、世界選手権にも出場(50km11位)した。

次のシーズン、1989年12月9日に15kmクラシカルのレースでワールドカップ初勝利をあげると後は前述のとおり輝かしい実績を残した。

そのダーリもホルメンコーレンスキー大会ではついに優勝することができなかったが、他の十分すぎる実績により1997年のホルメンコーレン・メダルを受章した(同時受章はビャルテ・エンゲン・ビークステファーニア・ベルモンド)。

しかし2000年にローラースキーで怪我をして引退を余議なくされた。

ダーリはスポーツ界のスターであるだけでなくノルウェーの文化の象徴であった。スキーウエアのブランドを創始したりスキー用品メーカーのサロモンとともにビンディングを開発するなど(Salomon Nordic System Pilot Bindings)し、その宣伝にも貢献した。

引退後ダーリは不動産業とファッション産業で成功し財を成した。

エピソード[編集]

ダーリが長野オリンピックのクロスカントリー10㎞クラシカルで優勝し、レース後のプレスインタビューを終えた彼は同レースを最下位完走したケニアフィリップ・ボイトのゴールインをフィニッシュラインで待ち、ボイドがゴールすると抱きかかえて、「素晴らしい、君こそ真の勇者だ」とボイドの健闘を讃えた[1]。その光景は日本のテレビ番組の長野オリンピック名場面にも選ばれた。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Kenyan finishes last, but wins respect Winter Olympics 98: Cross Country Skiing BBC NEWS Thursday, February 12, 1998

外部リンク[編集]