ビッグバン (金融市場)

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ビッグバン (Big Bang) とは、サッチャー政権下の1986年10月27日イギリス証券取引所が実施した金融改革である。この改革から4-5年でイギリスのジニ係数はおよそ0.05の幅で跳ね上がった[1]

新規性はない[編集]

1976年に公正取引庁が取引規制について調査を開始し、1978年ブローカーの最低手数料、ブローカーとジョバーの兼業禁止、取引所の会員権の制限を競争制限的であるとし、1979年に告訴が行われた。改革の是非については1983年に証券取引所理事長と貿易産業大臣との合意がなされた。留意点として、イギリスにおけるこの準備段階ですでに大きな動きが起こっていた。1983年にカナダ、1984年にオーストラリアで証券市場の規制が撤廃されていた。また、イギリス本国では同時期から実質的に銀証分離が撤廃された。ブローカー・ジョバー企業の株式を、証券取引所会員でない者、つまり銀行が100%保有できるようになったのである。UBSPhillips & Drewを、シティ・コープが Scrimgeour Vickersを、シェアソン・リーマンが L. Messel & Co.を買収した。1985年まで、ロンドン市場には400もの外国銀行が参加していた。

改革の内容[編集]

1986年10月27日にビッグバンが実施された。内容は主に次の通りである。

  1. 売買手数料の自由化
  2. 取引所会員権の開放による銀行資本の市場参加
  3. 自己勘定で取引をし、売買差益をとる仲介人ジョバーと投資家から注文をつなぐブローカーの兼業許可
  4. 株式取引税を1パーセントから0.5パーセントに引き下げ
  5. 株式売買にコンピュータを導入し、無人化
  6. 取引所集中義務の撤廃

6. によって場外市場が生み出され、また 2. によってアメリカ系投資銀行、特にスリー・キングスといわれるモルガン・スタンレーゴールドマン・サックスメリルリンチなどの巨大資本が進出し、180余りあった歴史あるマーチャント・バンクは姿を消した。これによって、イギリスでの売買が、アメリカの預託証券市場での売買という形を取っていたものがロンドン市場に戻っただけでなく、ニューヨーク市場の規制を逃れてロンドン市場で売買が行われるようになった。ただしウィンブルドン現象と呼ばれるように、イギリス企業の姿は消えたまま、ロンドン市場は活況を呈す現象が生じた(テニスウィンブルドン選手権ではイギリス人のプレイヤーは姿が見えず、イギリスは場所を貸しているだけである)。この改革は、後にベアリング家バブル崩壊で損失を出す背景となった。

脚注[編集]

  1. ^ 齊藤健太郎 2011年イギリス 8月暴動をめぐる諸議論 p.310. 図4 所得格差の拡大:1951–2010
    Institute of Fiscal Studes (IFS): Inequality and Poverty Spreadsheet