ビアンカ・フローラ論争

『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(1992年、エニックス)における「ビアンカ・フローラ論争」(ビアンカ・フローラろんそう)は、日本のゲーム史において有名な「究極の選択」を巡るプレイヤー間の議論である。
スーパーファミコン用ロールプレイングゲームとして発売された同作の中盤で主人公は結婚をすることになり、プレイヤーは自分の意思で幼なじみのビアンカか、大富豪令嬢のフローラのどちらかを花嫁に選ぶ。この選択が単なるキャラクターの好みを越え、プレイヤーの価値観や良心を強く揺さぶる構造になっていたため、論争を引き起こした。
ドラゴンクエストVにおける結婚イベント
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1992年9月27日に発売された[2]『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(以下、ドラクエV)には、そのキャッチコピーにも「愛がある、冒険がある、人生がある」とうたわれていたように、「人生」という明確なコンセプトがあった[3]。2018年、ライターのpatoは「電ファミニコゲーマー」の記事でその点をまず強調し、『ドラクエV』が単なるゲームを超え、「ひとつの人生」としてプレイヤーに受容される理由は、大きく二つ存在すると指摘している。ひとつは、そこにおいて主人公自身の生涯が紡がれている点であろうという[3]。同作のストーリーは、父親に連れられた主人公の幼年時代から始まる。節目ごとに劇的な時間経過を伴いながら、青年期、さらには壮年期へと舞台が移行していく[3][4][5]。ひとりの主人公の激動の生涯をダイナミックな時間軸で描き出し、その半生をまるごと追体験させるような構造を持つゲームは、当時あまり類を見なかった[3]。そのうえで、patoが挙げるもうひとつの要素が青年時代の「結婚」である。『ドラクエV』には、この種のゲームにはさらに珍しかったことに、主人公が結婚をして子供を授かるイベントがあった[3]。
サラボナの町に住むフローラは、大富豪ルドマンの娘である。青い長髪にリボンという外見的特徴や、奥ゆかしく気品のある性格設定がなされている。彼女は、ちょうど花嫁修行を終えて修道院から戻ってきたばかりである[6]。同町に立ち寄った主人公は、ルドマンのところへ二つの指輪(ほのおのリング・みずのリング)を持っていけばフローラの婿と認められ、家宝の盾(てんくうのたて)をもらえることを知る。盾を必要とする主人公はルドマンの試練を受けるが、その道中で幼なじみのビアンカと再会する。ビアンカは主人公の目的を知ると、指輪探しの手伝いを申し出る[7]。
ビアンカはフローラとは対照的に、明るく活発に振る舞う女性として描かれる[6]。金髪で、年は主人公より二つ上[8]。幼年期には仲間として、廃城での幽霊退治なども共にしている。主人公が二人の花嫁候補と出会うタイミングには大きな差があり[6]、ビアンカのほうは製品パッケージに描かれているキャラクターでもある[6][9]。ビアンカの助けもあり、主人公は二つの指輪をサラボナへ持ち帰ることに成功する。それは主人公とフローラの結婚指輪になるはずであった[10]。フローラはしかし、ビアンカもまた主人公を愛しているらしいことを察する。ルドマンは主人公に向かい、フローラではなくビアンカを結婚相手に選んでも構わないと告げる[3]。
結婚前夜、BGMとして「愛の旋律」(すぎやまこういち作曲)が流れる中[10]、プレイヤーは感情移入が追いついていない段階のフローラと、昔から知っているビアンカのどちらかの二択を迫られる。これが『ドラクエV』の結婚イベントである[3][6]。
「情」と「利」:ゲーム展開の変化
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ビアンカとフローラのどちらを選んでも、その後のストーリーの大筋に違いはない[5]。ビアンカを選んでも「てんくうのたて」は貰え[7]、結果的に二人とも伝説の勇者の血を引いているため、主人公との間に生まれてくる子供は魔王を打ち倒す新たな勇者となる[10]。しかし、子供の髪色の違いのほか[7][5]、以下のような差が生まれる。
フローラと結婚した場合、主人公はいわゆる「逆玉の輿」に乗る。ルドマンから多額のゴールド(お金)や「みずのはごろも」「しんぴのよろい」など、冒険を進めるうえで有利になるアイテムが提供される[6]。
またフローラはパーティー加入時点で中級回復呪文「ベホイミ」を覚えているほか[7]、経験値を積んで成長していくことで強力な攻撃呪文「イオナズン」を習得するなど、ステータス面においてもビアンカより優遇されていた[6]。
この際、選ばれなかったビアンカは、主人公への一途な思いから山奥の村で生涯独身を貫くことになる[注 1]。一方ビアンカを選んだ場合、フローラは幼なじみのアンディと結婚する[11]。この花嫁選びは、いわば「情」(ビアンカ)を捨てて「利」(フローラ)を取ることができるかというもので[2]、「究極の選択」とも形容された[1]。
| ビアンカ | フローラ | |
|---|---|---|
| 選ばなかった相手の人生 | フローラは、彼女に思いを寄せていたアンディと結婚する。 | ビアンカは山奥の村で父親と暮らし、生涯独身を貫く。 |
| ゲーム的なメリット | 特になし | 強力な呪文(イオナズン)を覚え、義父ルドマンから多額の現金と強力なアイテムの定期的な援助がある。 |
論争の勃発(1992年)
[編集]この問題は、ゲーム史に残るともいわれる大きな論争となった[2]。
ゲーム批評家のブルボン小林が伝え聞いたところによれば、ほとんどのプレイヤーは人情に逆らえず、必然的にビアンカを選択した[12]。『ドラクエV』を十数回繰り返しプレイしたというゲームライター・お笑いタレントのヤマグチクエストは、「「今日こそはフローラと結婚してみよう」と思っても、いざその局面になるとどうしても感情移入してビアンカを選んでしまう」と述べている[7]。元子役の小川満鈴も、「人情としてビアンカを選ばざるを得ない」と語っている[13]。
作品のシナリオライター・堀井雄二は、2011年になり「みんなふつうはビアンカを選ぶだろうと思ってたんですが、フローラを選ぶ人も多かったのは、ちょっと意外でしたね」と発売当時を振り返った[6]。タレントの中川翔子はフローラ派で、淑女で気品があることのほか、「お父さんからお金が贈られてくる〔ママ〕。ベホイミも使える。イオナズンも覚える」ことを選ぶ理由に挙げている[14]。漫画家の石田和明は、自身は「突然ぽっと現れたフローラ」を選ぶことは当時まったく考えられなかったとしながらも、周囲にはフローラを選択した作家や編集者もいたと述べている[15]。
当時中学生であった[16]patoは、学校での出来事を以下のように振り返っている。
当時としてもやはり話題だった。教室内で「どこまで進んだ?」という会話があちこちで聞かれ〔……〕活発に情報交換がなされていた。そして、当然のことながら、ある程度進んだところでひとつの話題に行き当たった。あれだ。「ビアンカかフローラか」
結婚イベントの中で、どちらを選んだのか皆が告白していく。そこで事件が起こった。
「俺はビアンカ」
「当然だけどビアンカ」
「まあ、普通にビアンカ」なんと、全員がビアンカを選択していたのだ。本当に、全員がビアンカを選んでいた。考えてみると、このゲームはあらゆる面がビアンカを選択するように作られていた。〔……〕普通はみんなビアンカを選ぶ。ぽっと出のフローラは選ばない。
そんな中でフローラを選んだのは僕だけだった。とんでもないことが巻き起こっている。そう思った。 — pato[3]
patoは「便利じゃん、フローラ、金持ちの娘だし」「ドット絵がエロい」といった理由でフローラを選択したが、同級生たちの理解を得ることはできず、「人間としての感情を持っていたら絶対にビアンカを選ぶ」などと人格否定に近い扱いをされるに至ったという[3]。
メディア研究者の渡部宏樹は、当時ビアンカを選んだ小学生の一人であった。(中川やpatoのような)システム上の功利的な判断としてフローラを選ぶ子がいたことにまず衝撃を受け、あるいは自分もビアンカへの愛情(物語内在的な理由)で選んだにもかかわらず、同じように物語の世界に入り込みながら「ビアンカの性格(お姉ちゃん的な圧)が嫌だから」というまったく別の感情でフローラを選んだ子がいたことにも衝撃を受けたと語っている[5]。
ヤマグチクエストは2021年、初プレイ時にはフローラと結婚した場合ルドマンからの援助があることなど知るよしもなく、ビアンカを選んでしまうと「てんくうのたて」を入手できないとも判断できたため、使命(盾の入手)のためにビアンカを諦めたプレイヤーがいただろうと指摘し、一概に功利に走ったともいえないとも述べている[7]。
評価
[編集]2019年に「ねとらぼ」に寄稿したゲームクリエイターのhamatsuは、『ドラクエV』における結婚イベントに多くの人が思い入れてしまう理由を、プロット論・受容論の視点から紐解いている。それによると、同作の魅力の本質は、作中に意図的に配置された「行間」をプレイヤー自身にシステムを通じて補間させる巧みな構造的仕掛けにある。親子三代の物語の中で唐突に訪れる大きな時間経過は、一見するとプレイヤーと主人公の一体感を阻害するリスクを孕んでいるが、堀井はその「プレイヤーが知らない時間(行間)」を逆手にとり、プレイヤーの想像力を引き出す推進力に変えているのだという。「結婚」というイベントがこれほどまでに熱を帯びるのも、プレイヤーがそれぞれの解釈で過去と未来の時間を自ら紡ぎ出せる設計になっているからにほかならないと論じられている[4][注 2]。
2025年の渡部は、プレイヤー側の心理(欲望や他者発見)の面から考察している。小学生時代、自分とはまったく異なる打算や感情でフローラを選ぶ同年代の姿に衝撃を受けた渡部は、そこで「他者」を発見したと振り返っている。そして自身のみならず、多くの子供たちにとっても、『ドラクエV』の結婚イベントは自らと異なる欲望を持った存在を発見する契機になっただろうと推測している[5]。
今なら他人と私の欲望は異なるものだと分かっているけれど、当時の私はテクストとの関わり方の違いを通じて、ほんのちょっとだけ、私とは異なる他者に触れたのだった。
—渡部[5]
渡部も、この選択の本質はヒロインの比較ではなく、物語の余白をどう解釈するかという「プレイヤー自身の欲望や在り方」を問う点にあると指摘している。プレイヤーは架空のデータに過ぎないキャラクターに人間性を見出してしまうため、虚構世界におけるルート分岐の前に立たされたとき、あたかも自分自身の現実の生き方や価値観そのものが試されているかのような重圧を感じるのだと述べている[5]。
2009年の『ユリイカ』の対談記事が、開発者の視点とロールプレイの本質からこの論争を取り上げている。それによれば、一般にゲームのシステムだけでキャラクターの複雑な感情を表現することには限界があり、「はい/いいえ」といった選択肢は時としてプレイヤーに作業感を与えもしていた[12]。ゲームクリエイターの米光一成は以下のようにジレンマを吐露している。
選択肢はあるけど、もはや「はい」を選ばない人間はいないだろうってところまで感情をわしづかみにできればいいんだけど。でもそれはシステムだけではやっぱりなかなか表現できなくて。
—米光[12]
ブルボン小林は、「感情をわしづかみに」したかもしれない候補として『ドラクエV』を挙げた。これに対し米光は、ビアンカを選んだプレイヤーは「人情がある世界」というゲーム内のコードを読み解き、その中で求められる役割を能動的に演じたに過ぎないかもしれず、実際に人情を発揮していたとは必ずしもいえないかもしれないと述べた。ゲームクリエイターの飯田和敏も現実の生き方は別と、米光の見方に理解を示している[12]。
ヤマグチクエストは「パッケージにも描かれているから」「子供のころから一緒に冒険してきたから」といった点はビアンカを選ぶ材料になると主張するが[7]、同2021年「マグミクス」に執筆した「ふみくん」は、それら(正ヒロイン性、フック)や「フローラにはアンディがいるから(免罪符)」といった理由付けは、選ばれる本人を見ていないものともいえ、逆に不誠実でもあったようだと指摘している[6]。
その後の相対化・再解釈(2004年 - )
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2004年にPlayStation 2版が発売され、パーティーメンバーと話せる会話システムが搭載された[20]。幼年期の主人公がフローラに出会う場面も描かれたことで、プレイヤーの決断は困難を増した[6]。堀井は『ファミ通』のインタビューでどちらのヒロインが好みか問われ、「僕は基本的にビアンカなんですけど」としながらも、「当時よりはフローラにも少し寄っています」と答えた[20]。
そして2008年、ニンテンドーDS版に第三の花嫁候補「デボラ」が追加された[18]。デボラはフローラの姉であり、花嫁選びの場面で突如乱入してくる[21]。高圧的な台詞の多い[22]、ギャル風ファッションの女性として設定された[13]。デボラについては当初その外見から否定的な感想が多かったが、会話システムでは意外な一面を発見することもでき、2025年時点のXでは「繊細だけど芯がしっかりとしている」「良い母、良い妻」といった肯定的な意見が見られる[23]。
デボラの登場で、花嫁論争は再び活発化した[25][18]。2010年のバラエティ番組『5LDK』(フジテレビ)では、フローラ派の中川とビアンカ派の長瀬智也(TOKIO)が言い争った[26]。Twitterでは著名人がヒロインの誰を選んだかを発言するだけでトレンド入りするなど、論争は1992年の当時を知らない世代へも波及していった[27]。2019年、『ドラクエV』を原作とした3DCGアニメーション映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』の制作が報じられた際も、主人公がどのヒロインと結ばれることになるのかが話題となった[25](なお公開された映画では、主人公はビアンカと結婚した[注 3])。「ねとらぼ」は2021年に、花嫁候補の中で誰が一番好きかアンケート調査を実施している。その際の結果はフローラが45.7%、ビアンカが42.3%、デボラが12%であった[24]。
ビアンカとフローラはドラゴンクエストシリーズ歴代の女性キャラクターの中でも特に高い人気を誇っている。「ねとらぼ」が2022年・2023年におこなった「あなたが好きなドラクエの主要な女性キャラクターは?」というアンケート調査の結果は、両年とも1位はフローラ、2位はビアンカであった(デボラは14位→13位)[28][29]。
「マグミクス」は2019年、現実にビアンカとフローラのような女性がいたらどちらが男性から選ばれやすいか、結婚相談所のアドバイザーに取材をおこなっている。ビアンカとフローラの比較では、2:8でフローラが選ばれるとアドバイザーは即答した。相談所では清楚でお嬢様風の女性が人気を集めるといい、そのうえでアドバイザーは、ビアンカのような女性とも会ってみることを勧めているとしている。見合いをして実際に成立するのはビアンカタイプが多いという。参考までに聞かれたデボラについては、外見でまず相手にされないという見解であった[30]。
ドラゴンクエストモンスターズ(2026年)
[編集]2026年、二人を主人公に据えたドラゴンクエストモンスターズの新作『枯れ木の国のビアンカ・フローラ』が発表され、堀井は「これはもう〔両派の対立ではない〕推し活ですね」と発言した[27]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ フローラを選択し、子供と一緒に「主人公の故郷〔ママ〕」を訪れると、「幼少期〔ママ〕」にはなかった墓が出現するという都市伝説が当時存在した。のちに合成写真を使ったデマだと判明したが、ビアンカが主人公との間に身ごもったものの死産だった子供の墓だとされていた[1]。
- ↑ ゲーム・アニメ批評家の多根清史は、『ドラクエV』の親子三代の物語というテーマが、ドラマ性の獲得と引き換えに「過去にとらわれぬ生き方や想像力をがんじがらめに縛り付け」たと評している[17]。
- ↑ 子供のころに『ドラクエV』をプレイし、いつも花嫁にビアンカを選んでいた主人公は、最新のVR体験作品としてリメイクされたアトラクションに参加し、今度はフローラを選ぶように自己暗示プログラムをかける。ところが、老婆(正体は変身したフローラ)に渡された魔法の小瓶の中身を飲んで自分の本当の気持ちに気づき、ビアンカと結婚する——という内容。
出典
[編集]- 1 2 3 『懐かしスーパーファミコンパーフェクトガイド』マガジンボックス、2016年9月21日、8, 66頁。ISBN 978-4866400082。
- 1 2 3 4 『懐かしゲーム機究極ガイド VOL.1:スーパーファミコン大百科』スタンダーズ、2017年10月14日、40, 107頁。ISBN 978-4866362090。
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