ヒェロニム・ヴィンツェンティ・ラジヴィウ

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ヒェロニム・ヴィンツェンティ・ラジヴィウ

ヒェロニム・ヴィンツェンティ・ラジヴィウHieronim Wincenty Radziwiłł, 1759年5月11日 - 1786年9月18日)は、ポーランド・リトアニア共和国の大貴族、公(帝国諸侯)。

リトアニアの大貴族ラジヴィウ家の当主ミハウ・カジミェシュ・ラジヴィウ公の息子で、カロル・スタニスワフ・ラジヴィウの異母弟にあたる。リトアニア侍従長、ミンスクの代官を務めた。白鷲勲章、聖フーベルトゥス勲章を受けた。1775年12月31日にレーゲンスブルクにおいて、ドイツのトゥルン・ウント・タクシスカール・アンゼルムの娘ゾフィー・フリーデリケ(1758年 - 1800年)と結婚し、間に一人息子のドミニク・ヒェロニム・ラジヴィウ(1786年 - 1813年)をもうけた。