パリ交響楽団

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パリ交響楽団: Orchestre symphonique de Paris)は、1928年から1938年までフランスパリに存在した管弦楽団。パリ音楽院管弦楽団や現存するパリ管弦楽団フランス国立管弦楽団とは継続性も無い、全く別の団体である。

沿革[編集]

1928年パリに集っていた音楽を愛する個人投資家や金融家らによって創設された。

パリ音楽院に学んだ若手音楽家を中心としたメンバーによって構成され、1929年のシーズンからはピエール・モントゥーが常任指揮者として就任するが、1930年代の世界恐慌によってスポンサーを失い、実質的な経営危機に陥った。

モントゥーは私財をもって楽団の育成と維持に努め、ベルギー・ドイツなどの近隣諸国へも演奏旅行を行ったが、モントゥー自身が1935年サンフランシスコ交響楽団の音楽監督として渡米後、指導者を失った同楽団は失意のままその時代的な社会背景と資金難に苛まされつつ、1938年に解散した。

登壇した指揮者[編集]

録音[編集]

J・S・バッハ『心と口と行いと生活で』より第6曲「イエスこそわが喜び」

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下記のSP録音が残されており、幾つかのレーベルでCDやオンラインサービスとして商品化されている。

収録 曲目 指揮 共演 備考
1928 カルメンビゼー エリー・コーエン ヴィスコンティ/ティル [1]
1928 ペトルーシュカストラヴィンスキー イーゴリ・ストラヴィンスキー
1929 火の鳥(ストラヴィンスキー) イーゴリ・ストラヴィンスキー
1929 春の祭典(ストラヴィンスキー) イーゴリ・ストラヴィンスキー
1930 幻想交響曲ベンヴェヌート・チェッリーニ/トロイアの人々(ベルリオーズ ピエール・モントゥー [2]
1932 ヴァイオリン協奏曲第2番 (バッハ) ジョルジェ・エネスク ユーディ・メニューイン EMI ReferenceシリーズとしてCD化
1933 2つのヴァイオリンのための協奏曲 (バッハ) ピエール・モントゥー ユーディ・メニューイン EMI ReferenceシリーズとしてCD化
1936 ヴァイオリン協奏曲第1番 (バッハ) ピエール・モントゥー ユーディ・メニューイン EMI ReferenceシリーズとしてCD化