パネジェム1世
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| パネジェム1世 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| アメン大司祭国家 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 統治期間 | 紀元前1070年–紀元前1032年,エジプト第21王朝 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ファラオ名 (五重称号)
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| 配偶者 | ドゥアトハトホル=ヘヌトタウイ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 子息 | プスセンネス1世、メンケペルラー、ムトネジェメト | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
パネジェム1世(Pinedjem I、在職:紀元前1070年から1032年)まで、古代エジプト新王国時代末期のアメン大司祭、紀元前1054年からはエジプト南部の事実上のファラオとなった。
概要
[編集]ラムセス11世の治世下でアメンの大司祭と軍司令官の地位を兼任したピアンキの息子。かつては父から直接大司祭の地位を継承したと考えられていたが、近年ではピアンキの没後にヘリホルがその地位を継承し、その後パネジェムが引き継いだとする説が有力視されている。おそらく父の没時は若年だったと思われる。
ラムセス11世の没後、ファラオの地位は娘婿のスメンデス1世が継承し、パネジェムもそれに表向き臣従していたが、紀元前1054年頃に自身もファラオにしか許されない王号を用い始めた。しかしそれ以上の権威拡大やタニス王家との対立は望まななかったらしく、婚姻を通じて勢力間の結びつきを強めた。
家族
[編集]彼の両親のピアンキとノジメトには数人の子供がいた。 パネジェム1世には3人の兄弟と1人の姉妹がいたことが知られている[1]。
参考文献
[編集]- ^ Aidan Dodson & Dyan Hilton, The Complete Royal Families of Ancient Egypt, Thames & Hudson (2004) ISBN 0-500-05128-3, pp.200-201