パスカル・ブリュックネール

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パスカル・ブリュックネール
Pascal Bruckner
2017.01.26. Pascal Bruckner Fot Mariusz Kubik 01.JPG
パスカル・ブリュックネール 2017年
誕生 パスカル・エティエンヌ・ブリュックネール
(1948-12-15) 1948年12月15日(70歳)
パリ, フランスの旗 フランス
職業 作家, 随筆家
国籍 フランスの旗 フランス
教育 パリ第1大学 (パンテオン・ソルボンヌ大学), パリ第7大学 (博士号取得), 高等研究実習院
最終学歴 博士号 (シャルル・フーリエの研究)
代表作 『無垢の誘惑』
『お金の叡智』
『Lunes de fiel (苦月)』(ロマン・ポランスキー監督の映画『赤い航路』の原作)
主な受賞歴 メディシス賞, ルノードー賞
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パスカル・ブリュックネール (Pascal Bruckner; 1948年12月15日 -) は、フランスの作家随筆家である。哲学と文学を修め、パリ政治学院で教鞭を執っている。日本では主に邦訳書『無垢の誘惑』、『お金の叡智』、およびロマン・ポランスキー監督の映画『赤い航路』の原作者として知られる[1]

経歴[編集]

生い立ち[編集]

パスカル・ブリュックネール(出生名:パスカル・エティエンヌ・ブリュックネール[2])は1948年12月15日、パリプロテスタントの家庭に生まれた。幼い頃から結核を患い、オーストリアおよびスイスサナトリウムで過ごした。

父ルネ・ブリュックネールはパリ国立高等鉱業学校の技師だったが、2014年に発表した自伝小説『立派な息子 (Un bon fils)』でパスカル・ブリュックネールは、父は「妻を侮辱し、暴力をふるう男」で、しかも、「人種主義者、反ユダヤ主義者」であり、1942年から1945年までナチス・ドイツ占領下における強制労働奉仕 (STO) に志願してベルリンおよびウィーンの工場で働いていたと、初めて家族について語り、父を反面教師として育った「私は、彼の敗北である」としている[2][3][4][5][6][7]。母モニック・ブリュックネールはペトロポリスブラジル)の高校教員だった(母は1999年、父は2012年に死去)[8]

学歴[編集]

リヨンイエズス会系の学校、パリのアンリ4世高等学校で学んだ後、パリ第1大学(パンテオン・ソルボンヌ大学)、パリ第7大学、さらに高等研究実習院と進み、哲学と文学を修めた[3][5]1975年ロラン・バルトの指導のもとにパリ第7大学に提出した博士論文は空想的社会主義シャルル・フーリエの思想における性の解放に関するものである[9]

教員・作家活動[編集]

ニューヨーク大学などの米国の大学で教鞭を執った後、1990年パリ政治学院教授に就任した。グラセ社から多くの著書を発表する傍ら、『ヌーヴェル・オプセルヴァトゥールフランス語版』紙、『ル・モンド』紙などにも寄稿している。

政治社会・国際問題に関する活動[編集]

ブリュックネールは最近になって父ルネが反ユダヤ主義者であったことを自著で明らかにしたが、これまでたびたびイスラエル支持を表明していたため、「ユダヤ系知識人」とみなされていた。「滑稽な歴史の皮肉だ」と彼は言う[7][10]

ブリュックネールは政治的には左派であり、学生時代にソルボンヌ大学の学生として1968年五月革命で活動し、当時の多くの若者と同様にマオイストであったが、1970年代にはアンドレ・グリュックスマンフランス語版アラン・フィンケルクロートらとともに「新哲学派」の一人とされた[4]

1983年から1988年まで、物理学者のアルフレッド・カストレル、哲学者・小説家のベルナール=アンリ・レヴィ、作家のマレク・アルテール、経済学者・思想家のジャック・アタリ、ジャーナリストのフランソワーズ・ジルー、民俗学者・地政学者のジャン=クリストフ・ヴィクトルフランス語版1979年に設立したNGO「飢餓救援活動 (Action contre la faim)」運営委員会の委員であった[11]

1992年から1999年にかけて、ユーゴスラビア紛争クロアチア紛争ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、そしてコソボ紛争におけるセルビア人勢力による攻撃に対する抗議活動を行い、1994年欧州議会議員選挙では、各政党はユーゴスラビア紛争を考慮しなければならないと主張する党派「欧州はサラエヴォに始まる (L'Europe commence à Sarajevo)」からベルナール=アンリ・レヴィ、アンドレ・グリュックスマン、ロマン・グーピルアラン・トゥレーヌらとともに立候補した[12]。当時、サラエヴォ包囲 (1992-1996) のさなかにあってメディアで大々的に取り上げられ、マレク・アルテール、スーザン・ソンタグポール・オースターナディン・ゴーディマーらの作家を中心とした支援委員会が結成された[13]。同様に、1999年コソボ紛争では、アラン・フィンケルクロート、ベルナール=アンリ・レヴィらとともにNATO(北大西洋条約機構)による軍事介入を支持した[14]

2003年、ブリュックネールは、マレク・アルテール、ベルナール=アンリ・レヴィ、フェミニスト活動家のファデラ・アマラフランス語版、作家のニコル・アヴリルフランス語版、政治家のデルフィーヌ・バトフランス語版、国際関係戦略研究所所長パスカル・ボニファスフランス語版らとともに中東和平に関する「ジュネーヴ合意」の支援の呼びかけに署名した[15]

注記:「2003年12月1日、中東和平に関する「ジュネーヴ合意」の調印式がスイスで行われた。これは政府間の公式な合意ではなく、イスラム主義勢力を除いたパレスチナ諸派とイスラエルの左派勢力が、スイス外相の非公式な支援のもとにまとめ上げた文書である。和平合意にあと一歩だったと言われる2001年1月のタバ会合に閣僚として参加していたヤセル・アベド・ラボ氏とヨッシ・ベイリン氏が中心となり、これまで先送りにされてきたパレスチナ国家の境界、聖地エルサレムの分割、難民の帰還などについての最終的な解決案を提示しており、同年2月にイスラエル新首相が選出されて以降、泥沼化するばかりだった中東情勢に風穴を開ける試みとして注目される」[16]

2003年3月、サッダーム・フセイン大統領の弾劾を支持するブリュックネールは、アンドレ・グリュックスマン、ロマン・グーピルらとともにジョージ・W・ブッシュ政権によるイラク戦争を支持する記事を『ル・モンド』紙に掲載したが、この3年後に彼らが創刊した『世界の最良のもの (Le Meilleur des mondes)』誌の2008年5月号でブッシュ支援の過ちを認め、「ジョージ・W・ブッシュはフランクリン・ルーズベルトではない」、アメリカ同時多発テロ事件の衝撃で世界情勢が見えなくなり、自国とイラク人を破滅に陥れたと、一転して批判に回った[17][18][19]

左派だったブリュックネールが2007年フランス大統領選挙では右派のニコラ・サルコジを支持したが、2011年には「サルコジの言説は、(極左から極右「国民戦線」まで)誰もが餌にありつける巨大な秣桶(まぐさおけ)のようなものだ。(社会主義者)ジャン・ジョレスの言葉を極左や極右の言葉のように引用する」と、失望をあらわにしている[20]

ブリュックネールは「イスラモフォビア」という概念を否定している。特に、2010年に『リベラシオン』紙に「イスラモフォビアというでっち上げ」と題する記事を掲載し、「イスラモフォビアという言葉は、ゼノフォビアをまねた言葉であり、目的はイスラム教をアンタッチャブルなものとすることであり、これに触れると人種主義だと非難される。このような言葉を作るのは、全体主義プロパガンダのようなもので、ある宗教と信仰体系、そしてこれに属するあらゆる出自の信者を混同させることになる」と批判した[21][22]

2013年11月、『コズールフランス語版』紙に掲載された「売春客罰金制」の法案に反対する「下劣な男343人のマニフェスト」に署名した[23](このマニフェストは中絶の合法化を求める1971年の請願書「343人のマニフェスト(通称「あばずれ女343人のマニフェスト」)をもじったものである。ナジャット・ヴァロー=ベルカセム女性権利大臣が起草した「売春客罰金制」法案は12月4日に国民議会で可決された。客は罰金1,500ユーロ(再違反者は3,750ユーロ)、売春婦が未成年者または障害者の場合は、懲役3年および罰金45,000ユーロを科される)[24]

2015年、ブリュックネールがアルテの番組「28分」で、同年1月7日に発生したシャルリー・エブド襲撃事件について、ラッパーのネクフフランス語版らのほか、ジャーナリストのロカヤ・ディアロフランス語版らが設立した反人種主義団体「不可分なもの (Les Indivisibles)」、ウーリア・ブテルジャフランス語版を中心とする「共和国原住民 (Les Indigènes de la République)」などの著作物や活動が「『シャルリー・エブド』のジャーナリストの(イスラム過激派による)殺害をイデオロギー的に正当化した」と表現したことで、両団体がこれを名誉毀損として訴訟を提起した。2017年1月17日、判決が言い渡され、両団体の訴えは却下された[25][26]

2017年10月、フランス5の政治番組「Cポリティック」に出演し、包括的書法の問題(フランス語では職業名などもすべて男性形で表現(包括)されている問題)[27]について、包括的書法は「愚行と全体主義の混ぜ合わせ」であり、「LGBT小児性愛者」が除外されるために「全面的に反対する」と、LGBTと小児性愛者を同等に扱ったことで批判を浴び、すぐに「悪い冗談だ」と撤回したが、メディアは彼が40年近く前の1979年に「小児への愛はその肉体への愛」だとして裁判にかけられた某小児性愛者を支持する請願書に署名したことに言及した[28]

著書[編集]

随筆[編集]

  • Fourier (フーリエ), Seuil, 1975 (シャルル・フーリエの作品の紹介)
  • Le Nouveau Désordre amoureux (新たな愛の無秩序; アラン・フィンケルクロートとの共著), Seuil, 1977
  • Au coin de la rue l'aventure (街角でアヴァンチュール; アラン・フィンケルクロートとの共著), Seuil, 1979
  • Le Sanglot de l'homme blanc : Tiers-Monde, culpabilité, haine de soi (白人男性の涙 ― 第三世界、有罪性、自己憎悪), Seuil, 1983
  • La Mélancolie démocratique (民主的な憂うつ), Seuil, 1990
  • La Tentation de l'innocence, Grasset, 1995; メディシス賞随筆部門受賞

無垢の誘惑』(叢書・ウニベルシタス 635) 小倉 孝誠 (翻訳), 下沢 和義 (翻訳), 法政大学出版局, 1999[29]

書誌情報(「MARC」データベースより):消費のメカニズムに無批判的に組み込まれている、現代人の性向である「幼稚症」、個人から民族・国家まで蝕まれている現代社会の病弊である「犠牲者根性」を辛辣に批判。現代の個人の置かれている状況を告発する。

  • Le Vertige de Babel. Cosmopolitisme ou mondialisme (バベルのめまい ― コスモポリタニズムまたはグローバリズム, Arléa, 1999
  • L'Euphorie perpétuelle : Essais sur le devoir de bonheur (永遠の多幸感 ― 幸福の義務について), Grasset, 2000
  • Misère de la prospérité : La religion marchande et ses ennemis (繁栄の悲惨 ― 商業宗教とその敵), Grasset, 2002
  • La Tyrannie de la pénitence : Essai sur le masochisme Occidental (悔悛の暴政 ― 西欧のマゾヒズムについて), Grasset, 2006; ボルドー・モンテーニュ賞受賞
  • Le Paradoxe amoureux (愛のパラドックス), Grasset, 2009
  • Le mariage d’amour a-t-il échoué ? (恋愛結婚は失敗したのか), Grasset, 2010
  • Le Fanatisme de l’apocalypse. Sauver la Terre, punir l’Homme (黙示録の狂信 ― 地球を救い、人間を罰する), Grasset & Fasquelle, 2011
  • La Sagesse de l'argent, Grasset 2016

お金の叡智』山形浩生 (翻訳), 森本正史 (翻訳), かんき出版, 2018

出版社による書誌情報:「人間とお金の愛憎入り混じる関係を、宗教やお金に対する偏見、持っている人と持たざる人という視点から分析」(詳細情報

  • Un racisme imaginaire. La Querelle de l’islamophobie (想像の人種主義 ― イスラモフォビア論叢), Grasset & Fasquelle, 2017

小説[編集]

  • Allez jouer ailleurs (あっちで遊びなさい), Sagittaire, 1976
  • Lunes de fiel (苦月), Seuil, 1981; ロマン・ポランスキー監督の映画『赤い航路』の原作 (“Lune de fiel (苦月)” は”lune de miel (蜜月)” をもじったもの)
  • Parias (不可触民), Seuil, 1985
  • Qui de nous deux inventa l'autre ? (私たちのどちらが他者をでっち上げたのか), Gallimard, 1988
  • Le Divin Enfant (神の子), Seuil, 1992
  • Les Voleurs de beauté (美の泥棒), Grasset, 1997; ルノードー賞受賞
  • Les Ogres anonymes (匿名のオーグル), Grasset, 1998
  • L’Amour du prochain (隣人愛), Grasset, 2005
  • Mon petit mari (私の可愛い夫), Grasset, 2007
  • La Maison des anges (天使の館), Grasset, 2013
  • Un bon fils (立派な息子), Grasset, 2014; 自伝小説; ドュメニル賞受賞

脚注[編集]

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  1. ^ お金はキレイ?汚い? 世界最高峰のフランス人哲学者兼作家が案内する、お金をめぐる「知の旅」へ出かけよう | お知らせ」『』。2018年8月12日閲覧。
  2. ^ a b Pascal Bruckner” (フランス語). La France en Israël - Ambassade de France à Tel Aviv. 2018年8月12日閲覧。
  3. ^ a b “Hors des pensées battues” (フランス語). Libération.fr. http://www.liberation.fr/portrait/2000/07/21/hors-des-pensees-battues_330789 2018年8月12日閲覧。 
  4. ^ a b “Antisémite, raciste, révisionniste... Mon père, ce "vieux salaud"” (フランス語). Bibliobs. https://bibliobs.nouvelobs.com/la-tendance-de-jerome-garcin/20140414.OBS3790/antisemite-raciste-revisionniste-mon-pere-ce-vieux-salaud.html 2018年8月12日閲覧。 
  5. ^ a b “Pascal Bruckner, éternel galopin” (フランス語). LExpress.fr. (1997年9月1日). https://www.lexpress.fr/culture/livre/pascal-bruckner-eternel-galopin_800782.html 2018年8月12日閲覧。 
  6. ^ “Un bon fils” (フランス語). Editions Grasset. (2018年6月1日). https://www.grasset.fr/un-bon-fils-9782246800286 2018年8月12日閲覧。 
  7. ^ a b “Pascal Bruckner : mon père, ce nazi” (フランス語). Le Monde.fr. https://www.lemonde.fr/culture/article/2014/04/17/pascal-bruckner-mon-pere-ce-nazi_4402799_3246.html?xtmc=legion_d_honneur&xtcr=4 2018年8月12日閲覧。 
  8. ^ 1999年2月16日付『ル・モンド』紙”. 2018年8月12日閲覧。
  9. ^ Catalogue SUDOC”. www.sudoc.abes.fr. 2018年8月12日閲覧。
  10. ^ “Pascal Bruckner : L’impératif de bien nommer les choses” (フランス語). Le nouvel Economiste. (2015年2月5日). https://www.lenouveleconomiste.fr/pascal-bruckner-limperatif-de-bien-nommer-les-choses-26011/ 2018年8月12日閲覧。 
  11. ^ “Le Kärcher selon Pascal Bruckner” (フランス語). LExpress.fr. (2013年1月4日). https://www.lexpress.fr/culture/livre/la-maison-des-anges_1205540.html 2018年8月12日閲覧。 
  12. ^ Listes de candidats à l'élection des représentants Aux termes de l'article 5 du décret no 79-160 du 28 février 1979, les listes de candidats font l'objet d'une publication dans l'ordre de leur dépôt. Sont publiées ci-dessous les listes ayant fait l'objet d'un récépissé définitif à la date du 28 mai 1994., https://www.legifrance.gouv.fr/affichTexte.do?cidTexte=JORFTEXT000000365124 2018年8月12日閲覧。 
  13. ^ L'Europe commence à Sarajevo - Dossier - Le siège de Sarajevo : 20 ans - (2012年4月4日)”. 2018年8月12日閲覧。
  14. ^ “Rétrocontroverse : 1999, l'OTAN devait-elle intervenir au Kosovo ?” (フランス語). Le Monde.fr. https://www.lemonde.fr/idees/article/2007/08/21/retrocontroverse-1999-l-otan-devait-elle-intervenir-au-kosovo_946178_3232.html 2018年8月12日閲覧。 
  15. ^ “Il faut soutenir le pacte de Genève” (フランス語). Marianne. (2003年11月17日). https://www.marianne.net/archive/il-faut-soutenir-le-pacte-de-geneve-3 2018年8月12日閲覧。 
  16. ^ ディプロ2003-12 - L'accord de Geneve, une fenetre ouverte sur l'espoir”. www.diplo.jp. 2018年8月12日閲覧。
  17. ^ “Le mea-culpa des intellectuels français pro-Bush” (フランス語). Télérama.fr. https://www.telerama.fr/idees/le-mea-culpa-des-intellectuels-francais-pro-bush,28705.php 2018年8月12日閲覧。 
  18. ^ “Point de vue : la faute, par Pascal Bruckner, André Glucksmann et Romain Goupil” (フランス語). Le Monde.fr. https://www.lemonde.fr/international/article/2003/04/14/point-de-vue-la-faute-par-pascal-bruckner-andre-glucksmann-et-romain-goupil_316794_3210.html 2018年8月12日閲覧。 
  19. ^ “Les "idiots utiles" de la guerre en Irak” (フランス語). Marianne. (2014年6月17日). https://www.marianne.net/monde/les-idiots-utiles-de-la-guerre-en-irak 2018年8月12日閲覧。 
  20. ^ “Sarkozy et les intellectuels : la rupture” (フランス語). Le Monde.fr. https://www.lemonde.fr/politique/article/2011/05/12/sarkozy-et-les-intellectuels-la-rupture_1520937_823448.html 2018年8月12日閲覧。 
  21. ^ “L’invention de l’«islamophobie»” (フランス語). Libération.fr. http://www.liberation.fr/societe/2010/11/23/l-invention-de-l-islamophobie_695512 2018年8月12日閲覧。 
  22. ^ Causeur.fr (2012年10月29日). “Pascal Bruckner : L’islamophobie, ça n’existe pas ! - Causeur” (フランス語). Causeur. https://www.causeur.fr/pascal-bruckner-islamophobie-19758# 2018年8月12日閲覧。 
  23. ^ Causeur.fr (2013年11月4日). “Signez le Manifeste des 343 salauds - Causeur” (フランス語). Causeur. https://www.causeur.fr/le-manifeste-des-343-salauds-24825 2018年8月12日閲覧。 
  24. ^ 売春客への罰金制度。 | OVNI| オヴニー・パリの新聞” (日本語). ovninavi.com. 2018年8月12日閲覧。
  25. ^ Mahrane, Saïd (2016年12月1日). “Le curieux procès Bruckner” (フランス語). Le Point. http://www.lepoint.fr/societe/le-curieux-proces-bruckner-01-12-2016-2087138_23.php 2018年8月12日閲覧。 
  26. ^ “Procès Bruckner : une défaite pour les «collabos» de l'islamisme” (フランス語). FIGARO. (2017年1月19日). http://www.lefigaro.fr/vox/societe/2017/01/19/31003-20170119ARTFIG00152-proces-bruckner-une-defaite-pour-les-collabos-de-l-islamisme.php?redirect_premium 2018年8月12日閲覧。 
  27. ^ 弁護士も医師も教授も男だけの職業ではない…。” (日本語). ovninavi.com. 2018年8月12日閲覧。
  28. ^ “Pascal Bruckner associe LGBT et pédophilie, une "plaisanterie" douteuse” (フランス語). LExpress.fr. (2017年10月23日). https://www.lexpress.fr/actualite/medias/pascal-bruckner-associe-lgbt-et-pedophilie-une-plaisanterie-douteuse_1954877.html 2018年8月12日閲覧。 
  29. ^ 無垢の誘惑 | 法政大学出版局” (日本語). www.h-up.com. 2018年8月12日閲覧。