バレーボール全日本男子

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Volleyball (indoor) pictogram.svgバレーボール全日本男子
国または地域 日本の旗 日本
大陸連盟 アジアバレーボール連盟
協会 日本バレーボール協会
監督 南部正司
国名コード JPN (Japan)
FIVBランキング 21位(2014年9月版)
オリンピック
出場回数 8回
初出場 1964 東京
最高成績 1位金メダル(1972)
世界選手権
出場回数 14回
初出場 1960 世界選手権
最高成績 3位銅メダル(1970、1974)
ワールドカップ
出場回数 12回
初出場 1965 ワールドカップ
最高成績 2位準優勝(1969、1977)
アジア選手権
出場回数 16回
最高成績 1位優勝(1975、1983、1987、1991、1995、2005、2009、2015)
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バレーボール全日本男子(バレーボールぜんにほんだんし)は、国際大会で編成される、日本の男子バレーボールナショナルチームである。

日本バレーボール協会での正式名称は、全日本男子バレーボールチーム。日本国内では、全日本男子全日本と単に略称する場合もある。

歴史[編集]

アジア選手権で最多優勝7回を誇る日本は、アジアを代表する古豪チームである。

1927年大日本排球協會が設立。1951年国際バレーボール連盟へ加盟[1]1960年世界選手権(第4回大会)に初出場を果たすと、1960年代から1970年代にかけて世界の強豪国として活躍し、1964年東京オリンピック銅メダル1968年メキシコオリンピック銀メダルを獲得した。東欧の強豪・東ドイツを破り、金メダルを獲得した1972年ミュンヘンオリンピックでは、準決勝のブルガリア戦でセットカウント0-2からの逆転劇を演じ、当時「ミュンヘンの奇跡」と呼ばれた[2] [3][4]

だが、1980年代から2000年代にかけて長い低迷の時期を迎え、1992年バルセロナオリンピック以降、3大会連続でオリンピック出場権を失っていたが、北京オリンピック世界最終予選において、16年ぶりのオリンピック出場を決めた。しかし2008年北京オリンピックでは、5戦全敗で1次リーグ敗退、11位タイという結果に終わった。オリンピックで1勝もできなかったのはこれが初めてである。

翌年の2009年ワールドグランドチャンピオンズカップ(グラチャンバレー)では、1977年ワールドカップの銀メダル獲得以来、主要国際大会において32年ぶりとなる銅メダルを獲得した。しかし、金メダルのブラジルや銀メダルのキューバにストレート負けを喫するなど課題も残した。2010年バレーボール男子世界選手権では2次リーグで敗退して前回の8位を下回る13位タイに終わった。翌年の2011年バレーボール・ワールドリーグでは1勝11敗の15位に終わったが福島第一原子力発電所事故の影響ですべてアウェーの試合だったことを考慮され、プレーオフ免除で2012年の出場が認められた。2011年バレーボール男子アジア選手権は5位に終わり、4大会ぶりにメダルを逃した。2011年ワールドカップバレーボールは開幕5連敗に始まり、エジプト中国に2勝したのみで過去最低タイの10位に終わった。勝つチャンスをミスでフイにしてしまう勝負弱さを露呈した。ロンドン五輪最終予選では昨年のW杯の惨敗を受けてサーブやブロックの強化を図り、その成果は所々で現れてはいたが大事なところで勝ち点を取りこぼし最終戦直前に豪州がアジア枠で出場権を獲得したため日本の敗退が確定して、消化試合となったイラン戦もストレート負けに終わった。

2013年より、初の外国人監督としてアメリカ代表コーチを務めたゲーリー・サトウアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国)が就任したが[5][6]、成績不振のため辞任し2014年2月5日付で南部正司が新監督に就任したことが発表された[7]

呼称について[編集]

かつては競技スポーツ全般において、日本のナショナルチームを「全日本」と呼ぶことが通例であったが、現在では他の競技ではこの呼称は使われなくなってきており、バレーボールに関しても報道機関によっては「日本代表」と呼称している場合がある。しかしながら、日本バレーボール協会では、一貫して「全日本」「全日本チーム」という呼称を使用している。

日本バレーボール協会は、「監督名+ジャパン」のような(例: 「植田ジャパン」)メディアからの番組放送上の呼称発信ではなく、協会が自らキャッチフレーズを提唱することを決定。2009年3月から4月、チームの愛称を公募した。2009年6月、一般公募の中から協会での選考の結果、チームの愛称を「龍神NIPPON」とすることを表明した[8][9]。のちに龍をモチーフにした、キッズバージョンのキャラクター「龍神くん」も登場した[10][11](女子は「火の鳥ちゃん」[12])。

ユニフォーム[編集]

女子に遅れること6年、男子も2009年グラチャンバレーから、ノースリーブ型を採用した[13]

東日本大震災が発生した2011年ワールドカップで着用したユニフォームのデザインテーマはTSUBASA(ツバサ)[14]。左胸(日の丸の上部)に、こころはひとつと、女子同様に縫いつけられた[15]

2013年[16]、ユニフォームが半袖に変わった(戻った)。

過去の成績[編集]

オリンピックの成績[編集]

世界選手権の成績[編集]

ワールドカップの成績[編集]

アジア選手権の成績[編集]

ワールドリーグの成績[編集]

現在の代表[編集]

過去の代表は「日本男子バレーボール代表選手の一覧」を参照。

2015年度の代表登録メンバー[1]は下記の通り。

凡例
WL:バレーボール・ワールドリーグ
WC:バレーボール・ワールドカップ
監督 日本の旗 南部正司
No
(WL)
No
(WC)
選手名 シャツネーム[17] 身長 所属 P 備考
1 1 清水邦広 SHIMIZU 193cm パナソニック・パンサーズ OP
2 2 酒井大祐 SAKAI 180cm 日本バレーボール協会 L
3 3 高橋健太郎 TAKAHASHI 201cm 筑波大学 OP
22 4 松岡祐太 MATSUOKA 192cm 堺ブレイザーズ OP
5 5 鈴木寛史 SUZUKI 200cm サントリーサンバーズ MB
6 6 深津旭弘 FUKATSU 183cm JTサンダーズ S
7 7 栗山雅史 KURIYAMA 189cm サントリーサンバーズ WS
8 8 石川祐希 ISHIKAWA 191cm 中央大学 WS
9 9 阿部裕太 ABE 191cm サントリーサンバーズ S NYCS-bull-trans-C.svg
10 10 八子大輔 YAKO 193cm JTサンダーズ WS
11 11 富松崇彰 TOMIMATSU 191cm 東レアローズ MB
12 12 山内晶大 YAMAUCHI 204cm 愛知学院大学 MB
13 13 深津英臣 F.HIDEOMI 180cm パナソニック・パンサーズ S
15 15 柳田将洋 YANAGIDA 186cm サントリーサンバーズ WS
16 16 出耒田敬 DEKITA 199cm 堺ブレイザーズ MB
17 17 永野健 NAGANO 176cm パナソニック・パンサーズ L
18 米山裕太 185cm 東レアローズ WS
19 19 浅野博亮 ASANO 178cm ジェイテクトSTINGS WS
20 鶴田大樹 177cm サントリーサンバーズ L
25 21 兒玉康成 KODAMA 193cm 筑波大学 MB
4 古賀幸一郎 KOGA 170cm 豊田合成トレフェルサ L
14 千々木駿介 CHIJIKI 193cm 堺ブレイザーズ WS
18 鈴木祐貴 S.YUKI 201cm 県立雄物川高校 WS
20 渡辺奏吾 WATANABE 196cm パナソニック・パンサーズ WS
21 井上俊輔 INOUE 190cm JTサンダーズ S
23 小宮雄一郎 KOMIYA 193cm 東レアローズ MB
24 藤中謙也 FUJINAKA 190cm 専修大学 WS
星谷健太朗 197cm サントリーサンバーズ MB
大竹壱青 201cm 中央大学 MB/WS
小野寺太志 202cm 東海大学 MB

歴代の監督一覧[編集]

名前 国籍 就任時の所属 在任期間
多田徳雄注1 日本の旗 1923年1925年1927年1930年
前田豊注2 日本の旗 1954年
長崎重芳注3 日本の旗 1955年1958年1960年1962年
和田助則注4 日本の旗 1955年
坂上光男注5 日本の旗 中京女子大学 1957年1958年1961 - 1964年
松平康隆 日本の旗 NKK 1965 - 1972年
小山勉 日本の旗 富士フイルム 1973 - 1976年
中村祐造 日本の旗 新日鐵 1977 - 1980年
中野尚弘 日本の旗 長崎中野蒲鉾店 1980 - 1984年
斎藤勝 日本の旗 東海大学 1984 - 1986年
小山勉 (再) 日本の旗 富士フイルム 1986 - 1988年
南将之 日本の旗 旭化成 1989 - 1990年
大古誠司 日本の旗 サントリー 1991 - 1995年
辻合真一郎 日本の旗 新日鐵 1996年
寺廻太 日本の旗 NEC 1997 - 2000年
田中幹保 日本の旗 堺ブレイザーズ 2001 - 2004年
植田辰哉注6 日本の旗 新日鐵 2005年 - 2013年
ゲーリー・サトウ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 2013年 - 2014年
南部正司 日本の旗 パナソニック 2014年 -
戦前は単発的にあった極東選手権競技大会と、日満華競技大会などが開催された時のみ全日本チームが結成された。1923年以前の極東選手権に参加したバレーボールチームは、YMCAのメンバーに陸上競技などの選手を借りてきて編成した。
注11923年1925年1927年極東選手権競技大会神戸高商単独チーム、23、25年は12人制、27年以降は9人制)、1930年極東選手権(神戸高商+広島二中OB)
注21954年香港遠征(9人制)
注31955年アジア選手権(9人制)、1958年東京アジア競技大会(6人制)、1960年世界選手権(6人制)、1962年アジア競技大会(6人制、9人制)
注41955年アジア選手権(6人制)
注51957年モスクワ世界青年友好大会(6人制)、1958年東京アジア競技大会(9人制)、1961年ヨーロッパ遠征(6人制)、1962年-1964年(6人制)
注62012年に協会に辞表提出するも受理されず、2013年3月末までの契約期間中は補佐的な立場で残ることとなった。2013年バレーボール・ワールドリーグ予選(2012年9月)では、コーチ職だった諸隈直樹(所属:キャリアスポーツ)が監督代行となった。

歴代の主な主将[編集]

は後に全日本男子監督に就任

1960-1970年代

丸谷統男出町豊小山勉池田尚弘南将之中村祐造猫田勝敏嶋岡健治

1980年代

田中幹保山田修司杉本公雄川合俊一

1990年代

米山一朋植田辰哉松田明彦中垣内祐一荻野正二竹内実

2001年 -

泉川正幸加藤陽一小林敦、荻野正二 (再)、宇佐美大輔注1山村宏太注2越川優阿部裕太注3

注12010年世界選手権では、両足首手術のため不参加だった宇佐美の代わりに、山村が主将を務めた。
注22013年グラチャンバレーの第4戦(イタリア戦)では、山村がベンチメンバー12人から外れたため、越川がキャプテンマークが付いた17番のユニフォームで試合に臨んだ[18]
注3阿部がベンチメンバーから外れた際は、清水がキャプテンマークが付いた1番のユニフォームで試合に臨んだ。

脚注[編集]

  1. ^ Asian Volleyball Confederation (AVC)”. FIVB. 2010年6月30日閲覧。
  2. ^ 「ミュンヘンの奇跡」 バレーボール・南将之”. 日本トップリーグ連携機構. 2010年6月30日閲覧。
  3. ^ スーパーエース中垣内、ミュンヘンの奇跡・南将之ら、男子バレー名アタッカー列伝”. スポーツナビ. 2010年6月30日閲覧。
  4. ^ 当時、全日本のスターティングメンバーの平均身長は約190cmで、大会最長身だった。 バレー界の巨人・松平康隆さん死去…五輪男子「ミュンヘンの奇跡」で金に導く”. スポーツ報知 (2012年1月6日). 2012年1月9日閲覧。
  5. ^ バレーボール全日本男子、新監督に初の外国人 読売新聞 2013年2月18日閲覧
  6. ^ バレー男子初外国人監督 ボーナスも破格(日刊スポーツ) - goo ニュース
  7. ^ 全日本男子チーム監督交代を決定 新監督には南部正司氏が就任 - 日本バレーボール協会 2014年02月06日
  8. ^ 全日本男子チームの愛称決定!”. 日本バレーボール協会 (2009年6月1日). 2010年7月26日閲覧。
  9. ^ 龍神NIPPON”. 日本バレーボール協会. 2010年8月7日閲覧。
  10. ^ https://www.jva.or.jp/ryujin_nippon/nickname.html 愛称:龍神NIPPON|全日本男子 日本バレーボール協会
  11. ^ 火の鳥NIPPON・龍神NIPPON 選手キャラクターシール バレーボールステーション
  12. ^ 新戦術「Hybrid6」でロシアに勝利し白星スタート! FIVBワールドグランプリ2014ファイナル東京大会 日本バレーボール協会
  13. ^ 全日本男子チーム・龍神NIPPON 新ユニフォーム発表”. 日本バレーボール協会 (2009年11月13日). 2010年11月18日閲覧。全日本男子ユニフォーム”. 日本バレーボール協会 (2009年11月13日). 2010年11月18日閲覧。
  14. ^ プレスリリース-アシックス・企業情報トップ 平成23年10月20日
  15. ^ 女子よりも大きいサイズ。
  16. ^ FIVBワールドリーグ2013開幕! ゲーリー・サトウ新監督の初陣は黒星”. 日本バレーボール協会 (20013-06-01). 2014年2月7日閲覧。
  17. ^ http://www.fivb.org/EN/volleyball/competitions/WorldLeague/2015/Teams2.asp?Team=JPN
  18. ^ MSN産経ニュース. “【バレー】”. 2013年11月24日閲覧。

関連書籍[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]