バナナの叩き売り

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北九州市門司港にある
「バナナの叩き売り発祥の地」の碑

バナナの叩き売り(バナナのたたきうり)は、かつて露天商的屋が行う、独特の口上を述べながら客を引き寄せてバナナを露天で売る手法(いわゆる啖呵売のひとつ)。

大正時代初期に福岡県門司市(現北九州市門司区)の門司港周辺で行われたのが発祥と言われている。

概要[編集]

日本におけるバナナは明治時代後期以降、台湾基隆の商人が神戸港に持ち込んだのが始まりとされている。当時台湾は日本の領土であり、大量に荷揚げされるようになり、日本において庶民が気軽に購入できるようになった。地理的に台湾と近い門司港はバナナの流通拠点として大量に荷揚げされることとなった[1]

通常、バナナは完全に熟していない青いうちに運び、問屋地下室(「室」と呼ばれていた)で熟成させて各地に出荷されるが、まれに輸送中の船内で熟成が進みすぎたり(いわゆる「籠熟(かごうれ)バナナ」)、傷がついたものは商品価値が大きく落ちてしまう。当時は保存の技術がないためそのまま廃棄されていたことから、換金のために廃棄前にバナナを売り切ってしまっていたのがバナナの叩き売りの始まりとされている[1]

バナナの叩き売りの際には口上に加えて「バナちゃん節」と呼ばれる様々な歌を歌うのが特徴で、様々な歌詞の曲があるという[1]

バナナの価格は安い値段から徐々に吊り上げていくやりかたもあるが、高い値段から徐々に値を下げていく(ダッチ・オークション)のが普通。バナナは一房丸ごとで売られる場合が多い。もともと二人1組でやるのが普通で、口上を述べる人の横には料金を受け取ったり、購入した客に新聞紙にくるんだバナナを渡したりするアシスタント的な人がおり、そういう人が、「まだ高い!」「もっと負けて」等のあいの手を入れて、盛り上げたりする。口上に相槌を打って笑いを誘ったりしていた。

物流の発達などにより「港での売り切り」の必要性がなくなってきたため、本来の目的での「バナナの叩き売り」は廃れていったが、『門司港バナナの叩き売り連合会』により伝統文化として継承されており、2017年4月には「関門“ノスタルジック”海峡」の構成文化財の一つとして、日本遺産に認定されている。

バナナ姫ルナ[編集]

バナナ姫ルナは、門司港がバナナの叩き売り発祥の地であることにちなみ、「バナナの叩き売り」をはじめとする北九州市の観光PRを目的として活動するコスプレキャラクター。北九州市観光課に所属していた,仮装が趣味だったという女性職員(公務員)が上司に提案して2016年から活動を始めたものだったが、本人の人事異動を機に2018年3月末で活動を一旦終了。しかし、周囲の復活を求める声もあり、「2代目が現れるまで」の限定で個人でのボランティア活動として2018年10月から活動を再開している[2]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]