バッドボーイズ (お笑いコンビ)

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バッドボーイズ
BADBOYS
メンバー 佐田正樹
大溝清人
別名 バッド
結成年 1996年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1997年 -
影響 とんねるずダウンタウン
出会い 福岡連合(暴走族)
福岡第一高等学校
旧コンビ名 BLACK×BLAKC
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才コント
ネタ作成者 清人
過去の代表番組 AKBINGO!
爆笑オンエアバトル
10カラット
スイッチ!
AKB1じ59ふん!
AKB0じ59ふん!
PON!
あるあるYYテレビ
など
同期 ライセンス
ロザン
カラテカ
ハローバイバイ (解散)
佐久間一行
カリカ (解散)など
公式サイト バッドボーイズのブログ案内所
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バッドボーイズは、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の日本お笑いコンビ吉本興業福岡事務所(福岡吉本)でデビュー。その後東京本社(東京吉本)に移籍した。

概略[編集]

コンビ揃って暴走族の「福岡連合」出身で、福岡第一高等学校の同級生でもある。暴走族を引退してどうしようもない毎日を送っていた佐田が、担任の教師に「将来何がしたいんだ?」と訊かれ、俳優歌手になりたいと答えると、「お前は歌手ってガラじゃないし、俳優は台詞を覚えるのが難しい[1]から、清人とお笑いやれ」と促され、1997年4月に結成した。2002年に福岡吉本から東京本社に移籍。

爆笑オンエアバトル』では3回出場するも一度もオンエア経験がない[2]M-1グランプリでの最高結果は準決勝進出(2004年度)。『THE MANZAI 2011』では本選サーキット出場権を得たが、決勝戦には進出できなかった。当初は3人組だったが、ひかるSというメンバーの1人がボクサーになりたいと言って脱退、2011年現在はホットドッグ店を経営している。とんねるずに憧れてお笑いを目指したことを、秋元康のラジオ番組にて明かしている。

メンバー[編集]

福岡県糟屋郡篠栗町出身。身長173cm、体重67kg。血液型A型福岡第一高等学校卒業。
愛車は khc130型ローレル。元々白色であったが、パープルに塗り替え、元暴走族なだけに、ヤン車仕様になっている。尚、旧車のエアコンのない車であったが、街乗りの為、エアコン後付けし、純正L型エンジンから、スカイラインのRBエンジンに載せ替え、快適であるとの事である。カーナビも取り付けている。
福岡県福岡市早良区出身。身長167cm、体重56kg。血液型A型。福岡第一高等学校中退。旧芸名は、清人(きよと)。

エピソード・人物[編集]

佐田[編集]

幼少の頃いじめられっ子であったが、父親に映画『ビー・バップ・ハイスクール』シリーズのビデオを渡され「これを観て強くなれ」と言われる。学生時代からリーゼントをトレードマークにしており、デビュー時から金髪獅子を思わせるような髪型だったが、2004年から黒髪になった。リーゼントヘアをセットするのに1本のヘアスプレーを2日半で使い切る[3]。『AKBINGO!』の企画[4]での罰ゲームにより、丸刈りになった、以降はソフトモヒカンにしている。

地元の柔道の大会で優勝したことがある。『虎の門』での柔道大会に出演し、福島善成ガリットチュウ)と対戦。追い込まれた佐田が最後にキレて、打撃禁止ルールにも関わらず福島を故意に蹴ってしまい、反則負けになったことがある。生まれてから27年間、ケンカ等で負けた事がなかったが、『やりすぎコージー』の芸人格闘王選手権で、打撃なしのグラップリングではあるものの山下しげのりに人生で初めて負けて裏で泣いた。後にトレーニングを積みリベンジを果たしたが、右足じん帯を痛め、次戦はドクターストップとなった。

生涯一度も修学旅行に行った事がない。小学校の頃は骨折してしまったため行けず、中学校の頃は40度の高熱で行けず、ハワイの修学旅行目当てで入学した高校も、当日の朝5時に警察に逮捕されたため行けなかった。ファーストキスは、中学2年生の頃[5]。腕に若気の至りで入れた、龍の刺青が入っている。爬虫類両生類が苦手[6]

人志松本のすべらない話』第1回出演のメンバーで唯一、その後一度も出演していない[7]。また、後に同番組がDVD化され大ヒットしたことや、他の出演メンバー千原ジュニアほっしゃん。宮川大輔河本準一がフリートークに定評のある芸人としてブレイクしたことを挙げ、「お笑いブームに乗れていない」「ブレイクチャンスを逃した」と何度か自虐ネタにしている。『スイッチ!』2007年1月3日放送分において、11年交際していた彼女にプロポーズ。そして同年4月15日に婚姻届を提出。最近ゴルフを始めた。現時点での最高スコアは111。

実家はパンクブーブー黒瀬純の家の近所であり、歩いて3分の距離であった。黒瀬とは小学生の頃からの知り合いであり、共通点が多く、清人も黒瀬と仲が良かった。出会ったのは佐田が小学生の頃、黒瀬の弟と喧嘩して勝ち、その後、黒瀬にグランドに呼び出されたのが最初。また、同じ暴走族に所属していた(黒瀬が3年先輩)。

大溝[編集]

幼くして両親が離婚しており、長きにわたり父と祖母との3人暮らしであった[8]。2歳で生き別れとなった母親は、大溝が小学校2年生頃に電話越しに会話して以来消息不明となっていたが、テレビで大溝を見た母親が吉本興業に電話、その際連絡先を告げずに電話を切ったものの、『AKBINGO!』のスタッフが着信履歴を元に捜索し消息が判明。同番組の企画で約28年ぶりに再会を果たした[8]

中学生時代の身長は148.5cm。佐田と「バッドボーイズ」を結成し芸人となった理由は、芸人になるのが夢であったのと同時に、「売れてテレビに出れば、親なんで、僕のこと見て気付く」から、母を「探すよりも、頑張って芸人でテレビ出るほうがいいかな、と思って」であり[8]、その思いが現実となった。かつて先輩の博多大吉宅に居候していた際、部屋を非常に汚くしていたため、綺麗好きな大吉からいつも注意を受けていた。東京へ上京したばかりの頃、「家賃10万俺が払います。俺が先輩なんで半々でやらせて下さい。」と言っておきながら1回も払わず居候。大吉に似顔絵を描いたが引っ越しの際故意に捨てられた。

絵を描くのが得意であり、『AKB0じ59ふん!』では即興で自由の女神ナリタブライアン(実際にはウマの絵)を披露した。辛いものが苦手。SMAPの大ファンでファンクラブにも入っている。父親は、『AKBINGO!』[9]の企画「ザ・イロ萌えア」の審査員として出演して以来何度か同番組に出演しており、

  • 審査員として登場した際のリアクション
  • 大溝らと自宅を訪れた秋元才加に対する「あ、き、君好き」「付き合おうかな」という発言
  • 同行していた音声スタッフに対する撮影中のナンパ
  • 大溝が妻との結婚を決意したエピソードを語った直後の「そうやって言ってくれたけんが(=ので)、あー俺の嫁さんにしようかな(と思った)」発言

などの言動に呆れ、大溝は「そろそろ息子として泣きたくなるよ」と述べた。2011年現在は空き家同然だった福岡市東区志賀島の家屋を譲り受け独居している[10]。『AKBINGO!』2009年10月14日放送分で結婚を発表。結婚相手は一般人で、先述の実父宅に連れて行き紹介した際、大溝ですら見た目に手を付けられないような父の手料理を「嫁が率先して食べて、美味いっつって言ったのを見た時に、『一生おれるな』と思って」結婚を決意した[10]。2009年11月22日に婚姻届を提出し翌年の1月16日に結婚式を挙げた。2010年4月25日に第一子が、2011年10月27日に第二子がそれぞれ誕生している。

暴走族時代[編集]

佐田は元・福岡連合二代目総長及び暴走族「幻影」の元総長で、当時の福岡では最大勢力を誇った。かつて福岡少年鑑別所に約1か月収容されていた。収容時の唯一の楽しみはビデオ鑑賞であり、この時に観た『ジュラシック・パーク』に衝撃を受け、現在でも最も好きな映画だという。逮捕されても高校を卒業できた理由は、親が「卒業させてほしい」と要望し、先生が鑑別所にいるということではなく、入院ということにしたため[11]

清人は元・福岡連合二代目連絡隊長及び暴走族「汝風(なち)」の元メンバー。総長が企画した暴走行為を連絡しなければ暴走行為は起こらなかったという理由で連絡隊長であった清人が逮捕されたことがある。高校を中退となった理由は、逮捕されたからではなく逮捕されたことが発覚して退学処分にされた為[12]

AKB48とのエピソード[編集]

AKB48の出演するバラエティー番組『AKB1じ59ふん!』、『AKB0じ59ふん!』及び『AKBINGO!』のMCを2008年から2016年6月まで務めた。メンバーによっては約6年半以上共演しており親交が深く、「不良とアイドルを絡ませたら面白いだろう」という秋元康プロデューサーの意見でMCに抜擢された[13]。番組開始当初は荒々しいスタイル(主に佐田)を取り、1回目のオンエアではいきなりオープニングからバイクに乗ってスタジオ内を暴走させ多田愛佳を号泣させた。また、

等の暴言を用いて番組を進行させていた。『AKB0じ59ふん!』の後半頃から徐々に打ち解け始め、メンバーと仲良さそうに話している場面も見られた。その後のドッキリ企画でバッドボーイズの番組卒業が発表された際、出演メンバーの多くが眼に涙を浮かべた。その後、ネタばらしで卒業しないことが判明した際も多くのメンバーが涙した[15]

AKB48について佐田は、「もう誰が誰だが分からんかった。今でも分からんけどね」「ただやる気はあった。コイツらただのアイドルではないな、というのは当時からあった」と述べ、清人も「ちょっと売れてきた頃、素人っぽい子の集まりみたいに言われてたけど、あのときに比べれば全然。あのときはもう、ホンマにただの汚い素人みたいな子達やった。今は他のアイドルがそんな感じやけど」「髪型もカブりまくりやったし、みんな黒髪やったから全然区別できんかった。1回こっそり劇場に行ってみたけど、出待ちの子なんか一人もおらんかった」と述べた。また、AKB48がブレイクするとは全く思っておらず、それが当初の荒々しいスタイルになったのではないかとも述べている。

かつての佐田の推しメンは篠田麻里子であり、番組で他のメンバーを呼び捨てにしていたのに対し、篠田のみ「さん」付けをしていた[16]。コーナーの端々において篠田だけえこ贔屓する都度、他のメンバーがブーイングするのがお約束であったが、篠田の天然が目立つようになって以降は収束している。

一方の清人は前田敦子推しだが、「隣にいると暗い気持ちになる」と言われた[17]。ただし前田は清人を嫌っているわけではなく、高橋みなみと楽屋に遊びに行ったり、ブログ用の写真を清人と撮っている[18]

出演番組[編集]

過去[編集]

レギュラー番組

佐田

清人

ゲスト出演[編集]

佐田

清人

コンビ

テレビドラマ[編集]

佐田

コンビ

舞台[編集]

佐田

  • デッド・オア・アライブ・オア・アルバイト(2014年)
  • ひまわり(2015年)

映画[編集]

佐田

コンビ

書籍[編集]

佐田
自伝小説。後に『ヤングチャンピオン』にて漫画化。
  • 『デメキン』(秋田書店 ヤングチャンピオンコミックス(YC COMICS)(1 - 16巻)(原作佐田正樹 イラスト ゆうはじめ)
清人
  • 『ダブル☆ピース』(ワニブックス 2010年1月)

脚注[編集]

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  1. ^ その後、佐田は8本映画に出演している。
  2. ^ 1度目は229KBで7位、2度目は241KBで9位、3度目は337KBで7位。
  3. ^ 『AKBINGO!』2012年7月4日付放送分
  4. ^ 2013年4月23日放送分「AKB48vs佐田正樹 5番勝負」より
  5. ^ 『10カラット』
  6. ^ 2008年3月6日放送分「ビビリじゃないもん! 触って触って神経衰弱」より
  7. ^ スピンオフ企画除く
  8. ^ a b c 『AKBINGO!』 2008年10月29日放送
  9. ^ 2008年12月17日放送
  10. ^ a b 『AKBINGO!』 2011年1月26日。なお、この家屋は2015年9月13日放送の『大改造!!劇的ビフォーアフター』でリフォームされた。
  11. ^ 『よしもと本物流Vol.9 青版ロンドンブーツの天下取り指南』
  12. ^ 『よしもと本物流Vol.9 青版ロンドンブーツの天下取り指南』
  13. ^ 『AKB48 じゃんけん選抜公式ガイドブック』(2010年、光文社)より
  14. ^ 前田は同局のドラマ『栞と紙魚子の怪奇事件簿』の撮影が入っており、5回目のオンエアまで収録に参加できなかった。
  15. ^ 『AKBINGO!』2011年1月5・12日放送分
  16. ^ 共演する機会は減ったが、2012年現在も「さん」付けしている
  17. ^ 『AKBINGO!』2009年4月1日放送分より
  18. ^ 『前田敦子オフィシャルブログ』2009年4月3日投稿「体はってます(бωб)」・2010年5月15日投稿「おめでとうございます!!!」より
  19. ^ 乃木坂・相楽伊織、お笑い番組で初MC 目標は「松岡茉優さん」”. ORICON STYLE (2015年9月28日). 2015年9月28日閲覧。

外部リンク[編集]