バカチョン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

バカチョンとは、主にオートフォーカスコンパクトカメラの俗称として1980年代ぐらいまで使われた日本語「バカチョンカメラ[注釈 1]の前半部。以下の経緯により現在は放送禁止用語となっている。

意味と用法[編集]

「ちょん」とは「『半人前』や『取るに足らない人』のことを、芝居の終わりに打つ拍子木の音になぞらえた言葉」であったとされる。「大辞林 第二版」は、「ちょん」の用例として、近世の明治時代の小説、「西洋道中膝栗毛」から、『ばかだの、ちょんだの』と言う記述を引用している。

これが転じて、戦後、日本国内のメーカーが発売した、オートフォーカス機能を搭載したコンパクトカメラの広告のキャッチコピーとして用いられた。[要出典]

「バカでもチョンでも」という表現の由来は上記のとおりであるが、「バカチョンカメラ」という言葉そのものは、英語の「vacation cameraヴァケイション・キャメラ」の音訳であったとする指摘もある[誰?]vacation camera とは「素人でも手軽に扱える休暇旅行用のカメラ」という意味で、1960年代初めに登場した日本製の自動露出カメラ(AEカメラ)を指して使われ始めた言葉とされるが、これを訳出する際に、上記の「バカでもチョンでも」という既存の表現と引っ掛けたダブルミーニングとして使われ始めたという説である。[要出典]

「バカチョンカメラ」という言葉は日本語としても語呂がよくインパクトの強い表現であったため、口語のみならず活字表現としても広く使用され、コンパクトカメラ全体を指す代名詞となった。また一般用語として広まる過程において、「馬鹿でもチョンとシャッターを押せば撮れる」「馬鹿でも(差別対象である)朝鮮人でも撮れる」など、元々の意味とは異なるさまざまな解釈が誕生し[注釈 2]現在に至っている。

ばかちょんカメラは、従来カメラと縁遠かった女性や子供を販売の対象としており、かつて高嶺の花であったカメラを、安い値段で、いつでもどこでも誰でも簡単に撮影できるものとした商品であった。こうした事情から、単に見下した侮蔑語ではなく、コンパクトカメラに対する親しみも込められていたと考えられる。

差別表現とされた経緯[編集]

1990年代中頃までは、表現者が差別的な意図なく「ばかちょんカメラ」という語を使用した場合でも、左翼系の者が「バカチョン」を「馬鹿な朝鮮人(韓国人)でも」という意味であり差別表現であると主張してマスメディア等に抗議していたが、21世紀になって以降インターネットを通じてこの差別的な意味での使用例が多く見受けられるようになったので、人権擁護者やマスメディア関係者の間でも「バカチョン」は差別表現であるという認識が高まり、現在の日本では放送禁止用語として定着している。

1992年には、西村京太郎作品に「バカチョンカメラ」という表現があると、全国在日朝鮮人教育研究協議会(現全国在日外国人教育研究協議会)が抗議したことにより光文社講談社発行の書籍が回収され、改訂版で謝罪文を掲載した[1][出典無効]

脚注[編集]

注釈[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 三省堂新明解国語辞典 第三版』では「ばかちょんカメラ」と表記されている。
  2. ^ 1980年代中ごろまでは「馬鹿でもチョンとシャッターを押せば撮れる」という解釈が優勢であったが、辻元清美が『朝まで生テレビ!』で「『ばかちょんカメラ』とは『馬鹿でもチョンコでも撮れるカメラ』のことで、『チョンコ』とは朝鮮人のことだ。」と発言したことにより、「馬鹿でも朝鮮人でも撮れる」という解釈が全国に広まった。[要出典]

出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 「日本語における差別語概念の変遷 ―1960年代以降の差別語問題から考える―」趙凌梅 2016年

関連項目[編集]