バイエルン・ランツフート公国

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下バイエルン=ランツフート公国
Teilherzogtum Bayern-Landshut
封臣
Lower Bavaria
1353年–1503年 Bavaria-Munich
 
Palatinate-Neuburg


バイエルン=ランツフートの紋章[1]

バイエルン=ランツフート公国の最大領域(1363年 - 1392年)
ミュンヘンとインゴルシュタットを含むがシュトラウビングは含まない。
首都 ランツフート
政府 君主制
バイエルン=ランツフート公
 •  1347年–1375年 シュテファン2世
 •  1375年–1392年 ヨハン2世シュテファン3世及びフリードリヒ
 •  1392年–1393年 フリードリヒ
 •  1393年–1450年 ハインリヒ16世
 •  1450年–1479年 ルートヴィヒ9世
 •  1479年-1503年 ゲオルク(富裕公)
歴史・時代 中世
 •  レーゲンスブルク条約締結 1353年6月3日
 •  バイエルン=ミュンヘン公国バイエルン=インゴルシュタット公国が離脱 1392年
 •  バイエルン=インゴルシュタット公国を併合 1447年
 •  バイエルン=ミュンヘン公国プファルツ=ノイブルク公国に併合される。 1503年

バイエルン=ランツフート公国ドイツ語: Bayern-Landshut)は、1353年から1503年まで神聖ローマ帝国に存在した領邦国家の一つ。

歴史[編集]

バイエルン=ランツフート公国の創設は神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世の死の結果である。ルートヴィヒの帝国を分割する1349年ランズブルク条約において、シュテファン2世ヴィルヘルム1世アルブレヒト1世は共同で下バイエルンネーデルラントを継承した。4年後の1353年、遺領はレーゲンスブルク条約で再分割された。シュテファンはバイエルン=ランツフートを相続した[2]。1363年にシュテファンは上バイエルン公になり、バイエルン=ランツフート公領と再統合された。シュテファンの死後、その3人の息子が公国を共同統治した。しかし1392年にバイエルン=ランツフート公国からバイエルン=ミュンヘン公国バイエルン=インゴルシュタット公国が切り離され、3つに分裂した。

1429年バイエルン=シュトラウビング公国の一部がバイエルン=ランツフートに統合され、1447年にはバイエルン=インゴルシュタット公国全域が編入された。このことと、ラッテンベルクキッツビュール鉱業と近代的な統治機構で、バイエルン=ランツフートはバイエルン地方で最も富裕な領邦となった。

公国の居城は1475年までランツフートのトラウスニッツ城に置かれた。1475年にはブルクハウゼン城に居城を移転した[3]

バイエルン=ランツフート公国はランツフート継承戦争を引き起こしたゲオルク富裕公が死ぬまで、150年にわたり存続した。戦争が終わった1505年に、領地は新しく創設されたプファルツ=ノイブルク公国とバイエルン=ミュンヘン公国に分割された[4]クーフシュタイン郡キッツビュール郡神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世にバイエルン=ミュンヘンへの支援の代償として譲渡され、これらはチロルに統合された。

注釈[編集]

  1. ^ Duchy of Bavaria pre-1507 accessed on 29 December, 2013. http://www.crwflags.com/fotw/flags/de-by_el.html#blh
  2. ^ Duchy of Bavaria pre-1507 accessed on 29 December, 2013. http://www.crwflags.com/fotw/flags/de-by_el.html#blh
  3. ^ Bavarian Palace Department. "Burghausen" accessed 29 December, 2013. http://www.burg-burghausen.de/englisch/castle/entsteh.htm
  4. ^ "Die Förderer" e.V. Landshut. "Georg the Rich". Landshut Hochzeit 1475, accessed on December 29, 2013. http://www.landshuter-hochzeit.de/en/the-festival/the-historical-context/georg-the-rich.html

外部リンク[編集]

座標: 北緯48度32分 東経12度09分 / 北緯48.533度 東経12.150度 / 48.533; 12.150