ハーレー斉藤

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ハーレー斉藤
プロフィール
リングネーム ハーレー斉藤
ハレー斉藤
天界二十八部衆カルラ
本名 斉藤 さより
身長 166cm
体重 67kg
誕生日 (1967-12-21) 1967年12月21日
死亡日 (2016-12-15) 2016年12月15日(48歳没)
出身地 静岡県焼津市
所属 LLPW-X
スポーツ歴 ソフトボール
空手
トレーナー ナンシー久美
デビュー 1986年8月17日
引退 2012年12月29日
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ハーレー斉藤( - さいとう、本名:斉藤 さより(さいとう さより)、1967年12月21日 - 2016年12月15日)は、日本の元女子プロレスラー静岡県焼津市出身。身長166cm、体重67kg。LLPW-Xに所属していた。

実妹である斉藤恵美も元ジャパン女子プロレス所属のプロレスラーであった。

所属[編集]

経歴・戦歴[編集]

ジャパン女子プロレスに入団後、1986年8月17日後楽園ホールにてデビュー戦。vsモンスター・リッパー、オーケー・カルホーン(パートナーはナンシー久美)。

デビュー時のリングネームは、ジャパン女子プロレスが旗揚げした時に地球に接近した、ハレー彗星にちなんで『ハレー斉藤』であったが、その後、ダイナマイト・関西との抗争を機に、オートバイメーカーのハーレーダビッドソンのような、迫力あるレスラーを目指すため『ハーレー斉藤』と改名する。

1992年のLLPW旗揚げに参加。時折、覆面レスラー『天界二十八部衆カルラ』として試合を行っていた。

2010年立野記代引退試合出場後、子宮筋腫と診断され長期欠場。手術後はプロレスを続けるのが不可能と医師から通告されたため、そのまま引退を余儀なくされ、2012年12月29日のLLPW-X赤坂BLITZ大会で引退試合を行う。

引退試合はジャパン女子プロレスOGによる6人タッグと発表され、同期の神取忍&尾崎魔弓と組み、後輩である遠藤美月&GAMI&コマンド・ボリショイ組と対戦。フライングニールキックからのフィッシャーマン・バスターでGAMIからフォールを奪い有終の美を飾った。セレモニーでは先に引退していた同期のイーグル沢井や復帰を目指していたダイナマイト・関西らが花束を持って駆けつけた[1]

引退後は現役時代から続けていた飲食店経営に専念する。

2016年に入り食道がんを患い闘病を続けてきたが、同年12月15日死去。48歳没[2]

得意技[編集]

フィッシャーマンズ・バスター
最も多用するフィニッシュ・ホールド。
延髄斬り
タイガー・スープレックス
ラウンディング・ニールキック
高速ブレーンバスター

入場テーマ曲[編集]

  • 流星

脚注[編集]

  1. ^ “ハーレー斉藤「本音は辞めたくない」”. 東京スポーツ. (2012年12月30日). http://www.tokyo-sports.co.jp/prores/67494/ 
  2. ^ ハーレー斉藤さんが死去 食道がん - デイリースポーツ online 2016年12月15日

外部リンク[編集]