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ハンブル・パイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ハンブル・パイ
Humble Pie
後列左からジェリー・シャーリー、グレッグ・リドリー、クレム・クレムソン。前列スティーヴ・マリオット(1974年)
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド エセックス
ジャンル ハードロックブルースロックブギー・ロック
活動期間 1969年 - 1975年1979年 - 1983年1988年 - 2000年2001年 - 2002年2018年 -
レーベル イミディエイトA&Mサンクチュアリアトコクレオパトラ
メンバー ジェリー・シャーリー
デイヴ・コルウェル
アイヴァン・ボドリー
ボビー・マークス
ジム・ステイプリー
旧メンバー スティーヴ・マリオット
ピーター・フランプトン
クレム・クレムソン
グレッグ・リドリー

ハンブル・パイHumble Pie)は、1970年代前半に活動したイングランドのロック・バンド。モッズ・バンドだったスモール・フェイセスを脱退したスティーヴ・マリオットを擁し、ソウルやゴスペルに影響を受けたヴォーカルと、ハードなサウンドを聴かせるライブ・パフォーマンスを披露した。

キャリア

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1969年、スモール・フェイセスに在籍していたマリオット(ボーカル、ギター)は、ティーンエイジャー向けのモッズ路線からの脱皮を図ろうとザ・ハードを脱退したピーター・フランプトン(ボーカル、ギター)にスモール・フェイセスへの加入を打診した。しかし他のメンバーがフランプトンの加入に反対したため、フランプトンは新しいバンドの結成を計画した。そこでマリオットはフランプトンにグレッグ・リドリー(ベース)とジェリー・シャーリー英語版(ドラム)を紹介し、やがてバンド内の確執からスモール・フェイセスを脱退して[1]自分もフランプトンのバンドに加入した[2]

ハンブル・パイは、UKモッズ・バンド時代に既に大きな成功を収めていたマリオットが結成したバンドとして、期待を集めた。彼等はマリオットがエセックス州モアトンに所有していたコテージで秘密裏にレコーディングを始め、アンドリュー・ルーグ・オールダムイミディエイト・レコード[注釈 1]と契約して同年8月にデビュー・シングル「あいつ (Natural Born Bugie)」を発表。この曲はイギリスで最高位4位を記録するヒット曲となり[3]、同時に発表したデビュー・アルバム『アズ・セイフ・アズ・イエスタデイ・イズ』は、スモール・フェイセスの音楽性を発展させた作品として評価された。彼等は同年11月に、アコースティックな路線をより強く打ち出したセカンド・アルバム『タウン・アンド・カントリー』を発表し、初のアメリカ・ツアーを行なった。彼等のコンサートはアコースティック・サウンドに始まり、エレクトリック・サウンドに続くという、フランプトンのポップ志向とマリオットのロック志向の折衷とも呼べる二部構成だった。このような構成は、彼等自身の音楽に迷いを与えた。またアメリカのファンはアコースティック路線をあまり歓迎しなかった。

1970年、イミディエイト・レコードの経営が破綻したので、彼等はA&Mレコードへ移籍してマネージメントの体制を一新した。同年7月に『大地と海の歌』、1971年3月に『ロック・オン』を発表。これらのアルバムはプログレッシブ・ロックブギー・ロックのスタイルが交互に現われた作品だった。この頃からマリオットの持ち味であるソウルフルな歌が前面に押し出され始めた[4]。1971年5月のフィルモア・イーストでのステージを捉えて11月に発表された2枚組アルバム『パフォーマンス〜ロッキン・ザ・フィルモア』は当時最高のロック・ライブ・アルバムのひとつであると評価された。収録曲の一つだったレイ・チャールズ[注釈 2]の「アイ・ドント・ニード・ノー・ドクター」のカヴァーはアメリカのFM局で大きなヒットとなり、同アルバムを彼等の歴史で商業的に最大の成功作へと導いた。しかしフランプトンは同アルバムの発表と同時に音楽性の相違を理由に脱退して、後に大成功を収めるソロ活動を始めた。彼等は元ベイカールー、元コロシアムデイヴ・"クレム"・クレムソンを迎えて、マリオットを中心とするブルース、ソウル路線により一層進むこととなる。

1972年3月発表の『スモーキン』から「ホット・アンド・ナスティ」がヒットし、彼等はツアー活動を継続していく。1973年4月発表の2枚組アルバム『イート・イット』には、3面にリズム・アンド・ブルースのカヴァーやオリジナルのスタジオ録音、1面にライヴ録音が収録された。同年5月に『イート・イット』に参加した黒人女性コーラス・グループのザ・ブラックベリーズ英語版[注釈 3]と共に初来日を果たしたが、不運にも同時期に来日したベック・ボガート & アピスに話題をさらわれてしまった。

この頃から、切れ目のないツアー活動によりメンバーが疲弊した。バンドは1975年の「Goodbye Pie Tour」の後に解散した。ソロとなったピーター・フランプトンは、1976年にアルバム『フランプトン・カムズ・アライブ』を大ヒットさせた[注釈 4]

1980年、マリオットはシャーリー、ボブ・テンチ英語版 (ギター、元ジェフ・ベック・グループ)、アンソニー・"スーティ"・ジョーンズ英語版(ベース)とハンブル・パイを再結成する。彼等はアルバム2作をリリースしたが、間もなく解散した。この後、バンド名義の使用権を得たシャーリーは、ファストウェイ脱退後の1980年代後半、チャーリー・ヒューン英語版 (ギター、元テッド・ニュージェントほか)らを伴って度々ハンブル・パイ名義で活動した。

1991年、マリオットとフランプトンが再び協力し始め、ハンブル・パイ再結成の可能性が取り沙汰された。しかし4月20日、マリオットが海外旅行からエセックスの自宅に帰宅して就寝中、寝タバコが原因の火災で焼死。44歳没。再結成は実現しなかった。

2001年、「スティーヴ・マリオット・メモリアル・コンサート」にて一時的な再結成を果たす。メンバーは、フランプトン、リドリー、シャーリーのオリジナル・メンバーと、フランプトンの後任だったクレムソン。彼等は「フォー・デイ・クリープ」、「ナチュラル・ボーン・ブギー」、「ハレルヤ(アイ・ラヴ・ハー・ソー)」、「シャイン・オン」、「アイ・ドント・ニード・ノー・ドクター」の5曲を演奏した。2002年、アルバム『バック・オン・トラック』発表。メンバーはリドリー、シャーリー、1980年の再結成のメンバーだったテンチ、テイヴ・コルウェル英語版(ギター)。

2003年、グレッグ・リドリー死去。56歳没。

メンバー

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結成メンバー

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  • スティーヴ・マリオット (Steve Marriott) – ギター、ボーカル、キーボード、ハーモニカ (1969年–1975年、1979年–1983年) ※1991年死去
  • ジェリー・シャーリー (Jerry Shirley) – ドラム、キーボード (1969年–1975年、1979年–1981年、1988年–1999年、2001年–2002年、2018年– )
  • グレッグ・リドリー (Greg Ridley) – ベース、ボーカル、ギター (1969年–1975年、2001年–2002年) ※2003年死去
  • ピーター・フランプトン (Peter Frampton) – ギター、ボーカル、キーボード (1969年–1971年、2019年– )

現メンバー

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  • ジェリー・シャーリー (Jerry Shirley) – ドラム、キーボード (1969年–1975年、1979年–1981年、1988年–1999年、2001年–2002年、2018年– )
  • デイヴ・コルウェル (Dave "Bucket" Colwell) – ギター、バック・ボーカル (2001年–2002年、2018年– )
  • アイヴァン・ボドリー (Ivan "Funkboy" Bodley) – ベース (2018年– )
  • ボビー・マークス (Bobby Marks) – ドラム、パーカッション (2018年– )
  • ジム・ステイプリー (Jim Stapley) – ボーカル、ギター、キーボード (2022年– )

ディスコグラフィ

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スタジオ・アルバム

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ライブ・アルバム

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  • パフォーマンス〜ロッキン・ザ・フィルモア』 - Performance Rockin' The Fillmore (1971年)
  • 『ライヴ・イン・コンサート』 - In Concert (1996年) ※旧邦題『キング・ビスケット・ライヴ』
  • Extended Versions (2000年)
  • 『ナチュラル・ボーン・ブギ』 - Natural Born Boogie: The BBC Sessions (2000年) ※旧邦題『BBCセッションズ』
  • 『ライヴ・アット・ザ・ウィスキー・ア・ゴー・ゴー ’69』 - Live At The Whisky A Go-Go '69 (2002年)
  • Live '73 (2012年) ※『ライヴ・イン・コンサート』の再発
  • Live '81 (2013年)
  • 『パフォーマンス〜ロッキン・ザ・フィルモア コンプリート・レコーディングス』 - Performance Rockin' the Fillmore: The Complete Recordings (2013年) ※4CDボックス・セット
  • 『オフィシャル・ブートレッグ・ボックス Vol.1』 - Official Bootleg Vol. 1 (2017年) ※3CDボックス・セット
  • 『オフィシャル・ブートレッグ・ボックス Vol.2』 - Official Bootleg Vol. 2 (2018年) ※5CDボックス・セット
  • 『アップ・アワ・スリーヴ~オフィシャル・ブートレッグ・ボックス Vol.3』 - Up Our Sleeve Official Bootleg Vol. 3 (2019年) ※5CDボックス・セット
  • 『トゥアーリン~オフィシャル・ブートレッグ・ボックス Vol.4』 - Tourin’ Official Bootleg Vol. 4 (2019年) ※4CDボックス・セット

コンピレーション・アルバム

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  • Lost and Found (1973年)
  • Back Home Again (1976年)
  • Greatest Hits (1977年)
  • Best of Humble Pie (1982年)
  • 『ベストCDコレクション』 - Classics Volume 14 (1987年)
  • Early Years (1994年)
  • 『ザ・ベスト・オブ・ハンブル・パイ』 - The Best Of Humble Pie (1994年)
  • Hot n' Nasty: The Anthology (1994年)
  • The Scrubbers Sessions (1997年)
  • The Immediate Years: Natural Born Boogie (1999年)
  • Running with the Pack (1999年)
  • Twentieth Century Masters: The Millennium Collection (2000年)
  • 『アトランタ・イヤーズ』 - The Atlanta Years (2005年)
  • The Definitive Collection (2006年)
  • One More for the Old Tosser (2006年)

脚注

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注釈

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  1. ^ スモール・フェイセスが契約していた
  2. ^ 「ヒット・ザ・ロード・ジャック」「愛さずにいられない」「我が心のジョージア」などヒット曲多数のソウルシンガー
  3. ^ スティーリー・ダンなどに客演。
  4. ^ 「ショウ・ミー・ザ・ウェイ」「君を求めて」「紫の夜明け」などヒット曲を多数収録している

出典

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  1. ^ Jones (2019), pp. 176–178.
  2. ^ Humble Pie allmusic 2025年9月2日閲覧
  3. ^ HUMBLE PIE | full Official Chart History | Official Charts Company
  4. ^ Jones (2019), pp. 178–179.

引用文献

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  • Jones, Kenney (2019). Let The Good Times Roll. London: Blink Publishing. ISBN 9781911600664 

外部リンク

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