ハンバー・セプター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
初代
二代目

セプターSceptre )はイギリスにかつて存在した自動車メーカーであるルーツ・グループおよびその後身のクライスラーUKがハンバーのブランドで1963年から1975年生産した、比較的高級な内外装を持った小型乗用車である。

概要[編集]

初代(1963-1967年)[編集]

ヒルマン・スーパーミンクス(1961-1966年)のバッジエンジニアリング版として1963年に登場した。スーパー・スナイプなどの大型ハンバー各車と比較するとややスポーティーな性格付けがなされ、タコメーターやオーバードライブ、前輪ディスクブレーキが標準装備されていた。外観上も後窓がラップアラウンドウィンドーになっていたことで、6ライト式セダンであったスーパーミンクスやシンガー・ヴォーグなどの姉妹車と区別されていた。

初期モデル(マーク1・マーク1a)のフロントグリルは4灯式ヘッドライトとセンターグリルを持つ、ヴォーグとよく似たデザインで、エンジンも同じ1,592ccツインキャブ80馬力であったが、1965年9月には新しい1,725ccシングルキャブ85馬力に改められ、フロント部分のデザインも独自のものとなった。ほぼ同型のヴォーグは「Autocar 誌1966年9月号のテストで最高速度150km/h・0-60mph加速25秒をマークし、当時の水準では活発な動力性能と評価された。

二代目(1963-1975年)[編集]

1967年にスーパーミンクスがハンターにモデルチェンジされると、セプターも新型に移行した。アローシリーズと総称されたこの新型では、フロントサスペンションがマクファーソン・ストラットに改められ、車体も低く幅広い近代的な(ただし没個性的な)デザインとなった。ルーツ・グループはこの年、クライスラーの傘下に入ったが、すでに完成していたアローシリーズの設計にはクライスラーの影響は及んでいない。

シンガー・ヴォーグが1970年に消滅し、シンガーブランドが消滅した後も生産は続行され、1974年10月にはワゴン版も追加された。このワゴンには、ルーフラックやカーペット貼りの荷室、当時の英国車では珍しかった後窓のワイパー・ウォッシャーが装備され、高級な小型エステートカーとして独自の雰囲気を有していた。しかし、次第に経営が苦しくなってきたクライスラー・ヨーロッパ部門の合理化の一環として、セプターはアローシリーズが生産終了する1年前の1975年をもって生産中止となり、それは同時にハンバーというブランドの終焉となった。

日本への輸出[編集]

セプターは伊藤忠オートによって1970年頃まで輸入された。小型高級車というジャンルは当時の日本車ではまだ確立されておらず、スーパーミンクス時代には比較的多く輸入された。アローシリーズの時代になると日本車の進歩も著しく、優位性が乏しくなったセプターを含めルーツ系各車は、市場を失っていくことになった。