らい予防法違憲国家賠償訴訟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ハンセン病訴訟から転送)
移動先: 案内検索

らい予防法違憲国家賠償請求訴訟(らいよぼうほういけんこっかばいしょうそしょう)とは、日本の著明な国家賠償訴訟のひとつ。ハンセン病に罹患した患者を伝染のおそれがあるとして隔離することを認めたらい予防法が、日本国憲法に違反するとして提起した国家賠償訴訟である。

日本の患者に対する補償[編集]

1998年平成10年)7月31日熊本地方裁判所に提訴され、2001年平成13年)5月11日に、原告全面勝訴の判決が下された[1]

判決は、らい予防法は日本国憲法に明らかに違反すること、国家賠償の起点になる時効除斥期間の起算点)は、らい予防法が廃止された1996年平成8年)4月1日であり、遅くとも1960年昭和35年)以降は厚生大臣(当時、現厚生労働大臣)の患者強制隔離収容政策が、また、1965年昭和40年)以降は国会議員の立法不作為[2]が、いずれも違法且つ有責であって不法行為が成立するとし、全ての患者に対して、隔離と差別によって取り返すことの出来無い、極めて深刻な人生被害を与えたと認定した。

日本の裁判史上において、これほど厳しくらい予防法と政策による非行を断罪した類例は無い。

日本国政府は当初、事実認定や立法不作為の正当性を巡って、控訴を検討した。しかし、控訴するに足るほどの正当な理由を見いだすことが出来ず、5月25日内閣総理大臣小泉純一郎が総理大臣談話を発表して、福岡高等裁判所への控訴を断念し、一審が確定判決となった。

6月7日衆議院で、6月8日には参議院で謝罪決議が採択された。6月22日にはハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律が施行された。また判決が出された直後に、日本弁護士連合会も判決を高く評価する声明を会長名で出している。

日本国政府による謝罪[編集]

この判決と控訴断念によって、行政府で時の首相であった内閣総理大臣小泉純一郎厚生労働大臣坂口力から謝罪が出ている。

小泉純一郎内閣総理大臣による総理大臣談話[編集]

ハンセン病問題の早期かつ全面的解決に向けての内閣総理大臣談話

 去る5月11日の熊本地方裁判所におけるハンセン病国家賠償請求訴訟について、私は、ハンセン病対策の歴史と、患者・元患者の皆さんが強いられてきた幾多の苦痛と苦難に思いを致し、極めて異例の判断ではありますが、敢えて控訴を行わない旨の決定をいたしました。今回の判断に当たって、私は、内閣総理大臣として、また現代に生きる一人の人間として、長い歴史の中で患者・元患者の皆さんが経験してきた様々な苦しみにどのように応えていくことができるのか、名誉回復をどのようにして実現できるのか、真剣に考えてまいりました。
 我が国においてかつて採られたハンセン病患者に対する施設入所政策が、多くの患者の人権に対する大きな制限、制約となったこと、また、一般社会において極めて厳しい偏見、差別が存在してきた事実を深刻に受け止め、患者・元患者が強いられてきた苦痛と苦難に対し、政府として深く反省し、率直にお詫びを申し上げるとともに、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念を捧げるものです。
 今回の判決は、ハンセン病問題の重要性を改めて国民に明らかにし、その解決を促した点において高く評価できるものですが、他方で本判決には、国会議員の立法活動に関する判断や民法の解釈など、国政の基本的な在り方にかかわるいくつかの重大な法律上の問題点があり、本来であれば、政府としては、控訴の手続を採り、これらの問題点について上級審の判断を仰ぐこととせざるを得ないところです。
 しかしながら、ハンセン病訴訟は、本件以外にも東京・岡山など多数の訴訟が提起されています。また、全国には数千人に及ぶ訴訟を提起していない患者・元患者の方々もおられます。さらに患者・元患者の方々は既に高齢になっておられます。
 こういったことを総合的に考え、ハンセン病問題については、できる限り早期に、そして全面的な解決を図ることが、今最も必要なことであると判断するに至りました。
 このようなことから、政府としては、本判決の法律上の問題点について政府の立場を明らかにする政府声明を発表し、本判決についての控訴は行わず、本件原告の方々のみならず、また各地の訴訟への参加・不参加を問わず、全国の患者・元患者の方々全員を対象とした、以下のような統一的な対応を行うことにより、ハンセン病問題の早期かつ全面的な解決を図ることといたしました。

  1. 今回の判決の認容額を基準として、訴訟への参加・不参加を問わず、全国の患者・元患者全員を対象とした新たな補償を立法措置により講じることとし、このための検討を早急に開始する。
  2. 名誉回復及び福祉増進のために可能な限りの措置を講ずる。
    具体的には、患者・元患者から要望のある退所者給与金(年金)の創設、ハンセン病資料館の充実、名誉回復のための啓発事業などの施策の実現について早急に検討を進める。
  3. 患者・元患者の抱えている様々な問題について話し合い、問題の解決を図るための患者・元患者と厚生労働省との間の協議の場を設ける。

らい予防法が廃止されて5年が経過していますが、過去の歴史は消えるものではありません。
 また、患者・元患者の方々の失われた時間も取り戻すことができるものではありませんが、政府としては、ハンセン病問題の解決に向けて全力を尽くす決意であることを、ここで改めて表明いたします。
 同時にハンセン病問題を解決していくためには、政府の取組はもとより、国民一人一人がこの問題を真剣に受け止め、過去の歴史に目を向け、将来に向けて努力をしていくことが必要です。

 私は、今回の判決を契機に、ハンセン病問題に関する国民の理解が一層深まることを切に希望いたします。

— 平成13年5月25日、内閣総理大臣 小泉純一郎

厚生労働大臣・坂口力による謝罪[編集]

ハンセン病患者・元患者の方々へ心より謝罪いたします。

 ハンセン病患者・元患者に対しては、国が「らい予防法」とこれに基づく隔離政策を継続したために、皆様方に耐え難い苦難と苦痛を与え続けてきました。このことに対し心からお詫び申し上げます。
 患者・元患者の方々の過ぎ去った人生を取り返すことがかなわない現実の中で、政府としては、患者・元患者の方々の名誉回復等を一所懸命させていただき、その他抱えている様々な問題について早期に解決できるよう努力を重ね、皆様方が生きていてよかったと少しでも思えるようにしていくことが使命であると考えております。
 併せて、都道府県をはじめとする各自治体、国民各層におかれては、ハンセン病の病態及びハンセン病患者・元患者の置かれてきた立場を正しくご理解いただき、ハンセン病患者・元患者が地域の中で幸せに暮らしていくことができるようお願いする次第です。

— 平成14年3月23日、厚生労働大臣 坂口力

立法府による謝罪[編集]

唯一の立法府である国会衆議院参議院から、謝罪決議が出ている。

衆議院と参議院における謝罪決議[編集]

ハンセン病問題に関する決議

 去る5月11日の熊本地方裁判所におけるハンセン病国家賠償請求訴訟判決について、政府は控訴しないことを決定した。本院は永年にわたり採られてきたハンセン病患者に対する隔離政策により、多くの患者、元患者が人権上の制限、差別等により受けた苦痛と苦難に対し、深く反省し謝罪の意を表明するとともに、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の誠を捧げるものである。
 さらに、立法府の責任については、昭和60年の最高裁判所の判決を理解しつつ、ハンセン病問題の早期かつ全面的な解決を図るため、我々は、今回の判決を厳粛に受け止め、隔離政策の継続を許してきた責任を認め、このような不幸を二度と繰り返さないよう、すみやかに患者、元患者に対する名誉回復と救済等の立法措置を講ずることをここに決意する。
 政府においても、患者、元患者の方々の今後の生活の安定、ならびにこれまで被った苦痛と苦難に対し、早期かつ全面的な解決を図るよう万全を期するべきである。

右決議する。

— 衆議院参議院

司法府による謝罪[編集]

行政府である日本国政府と唯一の立法府である国会は、平成13年(2001年)に謝罪したものの、らい病特別法廷を昭和23年(1948年)から昭和47年(1972年)まで96件開廷した裁判所は、三権の中で唯一謝罪をしていなかったが、平成28年(2016年4月25日に、行政や立法の謝罪から15年遅れて、最高裁判所が謝罪を表明した[3]。なお報告書では、日本国憲法第14条1項違反と指摘があったものの、日本国憲法違反ではないと結論付けているが、これに対する批判が患者会から挙がっている。

最高裁判所による謝罪[編集]

最高裁判所裁判官会議談話

 「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」を公表するに当たり、同報告書に示されたとおりハンセン病に罹患された方々への裁判所による違法な扱いがなされたことにつき、ここに反省の思いを表すものです。
 長きにわたる開廷場所の指定についての誤った差別的な姿勢は、当事者となられた方々の基本的人権と裁判というものの在り方を揺るがす性格のものでした。国民の基本的人権を擁護するために柱となるべき立場にありながら、このような姿勢に基づく運用を続けたことにつき、司法行政を担う最高裁判所裁判官会議としてその責任を痛感します。これを機に、司法行政に取り組むに当たってのあるべき姿勢を再確認するとともに、今後、有識者委員会からの提言を踏まえ、諸施策を検討して体制づくりに努め、必要な措置を、速やかに、かつ、着実に実施してまいります。

 ハンセン病に罹患された患者・元患者の方々はもとより、御家族など関係の方々には、ここに至った時間の長さを含め、心からお詫びを申し上げる次第です。

— 平成28年4月25日、最高裁判所

韓国・台湾に対する補償[編集]

2001年6月22日に成立したハンセン病補償法(「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」)により、元患者らに賠償金が支払われることになったが、「厚労省告示(厚生労働省告示第二百二十四号)」によると、日本国内の国立・私立の療養所や、米軍占領下の琉球政府が設置した施設のみが対象であった。そのため、戦前まで日本の植民地であった韓国と台湾に建てられ、同様に運営がなされていた二つの施設(韓国小鹿島(ソロクト)更生園―現・国立小鹿島病院、台湾楽生院―現・楽生療養院)については補償対象外となっていた。

そこで、この2つの療養所の入所者(以後「原告側」と略す)はハンセン病補償法による補償をするようにと日本政府に請求した(2003年12月25日に小鹿島厚生園・合計117名、2004年8月23日に台湾楽生院25名)。ところが日本政府(厚生労働大臣)は「小鹿島や楽生院は補償法の言う国立療養所には当たらない」として、その補償請求を全て棄却した(小鹿島は2004年8月16日、楽生院は同年10月26日)。

そこで、原告側はこの棄却処分(不支給決定)の取り消しを求めて相次いで(小鹿島は2004年8月23日に、楽生院は同年12月17日に)東京地裁に提訴した。そしてその判決が2005年10月25日言い渡されたが、判決は真っ二つに分かれた。小鹿島は棄却処分を取り消さない(訴えを認めない=補償法による補償はしない)、楽生院は棄却処分を取り消す(訴えを認める=補償法による補償をする)、ということになったのである。

これを受けて小鹿島の原告らは10月26日、棄却処分を取り消さないとした25日の東京地裁判決を不服として東京高裁に控訴した。また川崎厚生労働相は2005年11月8日の会見で、棄却処分を取り消すとした台湾訴訟について東京高裁に控訴することを正式に表明した。

その後原告側は台湾訴訟の控訴の取り下げを求めると共に、両訴訟の政治的判断による早期解決を求める活動を進めた。この間にも高齢の原告団の中には、亡くなる人が続出していて、一刻も早い解決が必要な状態であった。

その後、与党では補償額を国内入所者の水準に合わせて「一人800万円」とするハンセン病補償法の改正案を、2006年1月20日からの通常国会に提出する方針を決め、一方、厚生労働省は(韓国、台湾の)ほかにパラオ、サイパン(米国)、ヤップ(ミクロネシア連邦)、ヤルート(マーシャル諸島)の4地域についても調査をし、必要に応じて追加するという方向性を打ち出した。

原告側弁護団は上記与党の改正案を受け入れる旨の声明を発表、政府の迅速な対応を求めていたが、同年1月31日改正案は衆院本会議で可決、続いて2月3日参院本会議で全会一致の可決を見、2月10日「改正ハンセン病補償法(ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律―平成18年2月10日法律第2号)」が成立するにいたった。

これにより、楽生院は合計29名全員(当初の25名に4名増加した)に補償金が支給され、原告側は2006年3月17日東京高裁で台湾訴訟の訴えを取り下げた。しかし小鹿島は入所者の資料が散逸しているため、入所年月の特定などが困難を極めたが、448名(提訴当初の117名が増加した)中426名に支給されている(2009年2月9日現在)。

2007年3月28日、厚労省はパラオ、ヤップ(ミクロネシア連邦)、サイパン、ヤルート(マーシャル諸島共和国)の各療養所を新たに補償の対象施設に指定すると発表した。現地調査や当時の文献から、患者を強制隔離していた事実が確認できたためで、厚労省は4月上旬から補償の申請を受け付けるとした。

脚注[編集]

  1. ^ 判決が出されたとき、運動家らによって裁判所の前で「全面勝訴」ではなく「勝訴」の紙が掲げられた。しかし彼らは後に「完全勝訴」と振り返っている。
  2. ^ これについては日本国憲法第4章に反するとの指摘があった。判決でも「国会議員の立法行為が国家賠償法上違法となるのは、容易に想定し難いような極めて特殊で例外的な場合に限られる」とことわっている。
  3. ^ “「特別法廷」最高裁が謝罪 ハンセン病、違法性認める”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2016年4月25日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG25HGF_V20C16A4CC1000/ 2016年4月26日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]