ハンス・フィリップ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ハンス・フィリップ
Hans Philipp
渾名 フィップス
生誕 1917年3月17日
Flag of the German Empire.svg ドイツ帝国
ザクセン王国マイセン
死没 1943年10月8日
Flag of the NSDAP (1920–1945).svg 大ドイツ国
ノイェンハウス付近
所属組織 War Ensign of Germany (1938-1945).svg ドイツ国防軍空軍
軍歴 1936–43
最終階級 中佐
テンプレートを表示

ハンス・フィリップ(ドイツ語: Hans Philipp1917年3月17日 - 1943年10月8日)は、ドイツの軍人。最終階級は空軍中佐。第二次世界大戦では206機を撃墜したエース・パイロットであり、その戦功から柏葉・剣付騎士鉄十字章を受章した。

経歴[編集]

1936年4月に士官候補生としてドイツ国防軍空軍に入隊したフィリップは、1938年1月1日に少尉へ昇進し、第76戦闘航空団(JG76)第I飛行隊に配属された。第二次世界大戦が勃発すると、1939年9月5日ポーランド侵攻で初の撃墜を記録し、次いで派遣されたフランス侵攻では総撃墜数が5機に達してエース・パイロットとなった。1940年8月、中尉に昇進した彼は、同時に新たに配属された第54戦闘航空団(JG54)第4飛行中隊中隊長に就任した。1941年春ごろからバルカン半島の戦いに従事し、6月からは独ソ戦にも従事した。1941年末に大尉へ昇進した彼は、1942年2月17日にJG54第I飛行隊飛行隊長へ就任した。3月31日に総撃墜数が100機に達し、1943年1月14日には総撃墜数150機、3月17日には総撃墜数200機を記録した。4月1日、少佐に昇進した彼は第1戦闘航空団(JG1)司令に就任し、西部戦線におけるドイツの防空任務を与えられた。しかし10月8日ブレーメン上空でアメリカ陸軍航空軍と交戦した彼の搭乗機はアメリカ軍機に撃墜されてしまった。パラシュートでの脱出を試みたが、機体から脱出後、パラシュートが開かず墜落し死亡した。

叙勲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d Steinecke 2012, p. ii.
  2. ^ Obermaier 1989, p. 30.
  3. ^ a b Thomas 1998, p. 153.
  4. ^ a b Veit Scherzer: Die Ritterkreuzträger 1939-1945, Scherzers Militaer-Verlag, Ranis/Jena 2007, ISBN 978-3-938845-17-2, S.593

関連項目[編集]